とても良い / 口コミ件数 : 14件
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アルバム自体を一つの作品と考えた場合、これはやはり筋少のアルバム中では最高傑作といえるではないでしょうか?個人的には「ステーシーの美術」と甲乙つけがたいのですが、やはりこの「レティクル」の方がオーケンの情緒不安定さ(決して悪い意味でなく)が表現されているように思います。文学の域に達しているといっても、過大評価ではないのではないでしょうか?
今更ですが強引に書きます。大傑作。このメンバーでの到達点。オーケンはこの作品の当時かなりテンパってやばかったらしい。さもありなん。ネガティブな世界観が一気に吐き出されており重圧なサウンドにも妥協がない。コンセプトアルバムとしても完璧で息抜き的な9と10も橘高、本城の個性が発揮されて楽しめる。11で感動させといてラスト「飼い犬〜」で思い切り突き放す。究極の自虐アルバム。次作「ステーシー」はさすがにオーケンのバランス制御本能からかダメ人間へのエール的内容になっていたが勝手なファンとしては物足りなかった(名曲多し)。これで解散してたらめちゃカッコよかったと思います。
歌詞、楽曲、演奏、すべてが彼らの最高レベルの最高傑作。 特に大槻ケンヂの歌詞は最高到達地点で、これ以後、これ以上は未だ出ず。 本作は1994年にオリジナルがリリースされたが、 自分たちを取り巻く世間からの疎外感を根っこに、幻想的で絶望的な歌を歌って若者からの支持を得た、 同時期のアメリカのグランジ・バンドとの共通項も、大槻のその世界観に見ることもできる。 案外、バブル景気の残り香があって浮かれていた1994年当時の日本よりも、 いろんな価値観が崩壊して誰もが絶望を知った2000年代の日本にこそ似合うロックではなかろうか。
>「ワダチ」での「自分の意味無く見える死も世界レベルで見れば>世の中の微かな喜びとなっている」といった台詞はもう手の付け>どころがない程ネガティブだ(笑
これは「きけ、わだつみのこえ」に収録されている、無実の罪で戦犯として処刑された京大生の遺した手記の、有名な一節の引用です。
「きけ、わだつみのこえ」を読んでからあの歌を聴けば、
全く違う感想になると思いますよ。
世にも恐ろしい曲揃い、後になるほど深刻さの度合いが深まっていく。『レティクル座の花園』はその中にあって、橘高の美しい曲に乗って救いの光で聴く者を照らしてくれる。(歌詞は悲惨だが)ある意味、ここに1つの人間の真実がある。