CD Something Old, New, Borrowed, And Some Bluesの口コミを検索

トップCDシンガーソングライターSomething Old, New, Borrowed, And Some Blues
を 商品名

Something Old, New, Borrowed, And Some Blues

Something Old, New, Borrowed, And Some Blues

良い / 口コミ件数 : 2


価格 : 1,159 円





クチコミReview一覧
評価の高い順 評価の低い順 書き込み日の新しい順
口コミ件数:2 1
1.  良い bokeさん 書き込み日: 2003年05月07日

バラエティーに富んだ内容

Greeting From the Westが公式ライブ盤なら、こちらはそのOther Side盤。選曲がバラエティーに富んでいて、楽しめる内容です。2トラックのDATで録音したようなことが書いてありますが、音はそれほど悪くはありません。
前述の公式盤を持っている人は、曲の重なりもないので、ぜひ購入をおすすめします。(こちらだけ持っていると片手落ちになりますが、、)

ニューアルバムのリリースにあわせてツアーも行うようですが、ぜひ一度生で見たいアーティストの一人です。日本だと来ても狭いライブハウスでしかやれないでしょうから、やはりアメリカで見るしかないんでしょうね、、。
もう少し評価されていいアーティストだと思います。



2.  普通 加齢ルーさん 書き込み日: 2008年03月19日

起きて破りの長文だいッ!

 アーヴィン・エイゾフのジャイアント・レーベル移籍後“No Resemblance Whatsoever”[95年/ティム・ワイズバーグとの共演第2作]と、佳作を残すものの徐々にセールスはダウンし、音楽シーンの最前線からは退いてしまいました。が、新曲・未発表曲を含む4枚組ボックス・セット“Portrait”[97年]、自身のプロダクション:モーニング・スカイからリリースした『ファースト・クリスマス・モーニング』(原題:The First Christmas Morning)[99年/ホリデイ・アルバム]、ライヴ第2作“Live: Something Old, New, Borrowed & Some Blues”[2000年]と、時折思い出したように新曲・新作を届けてくれた。そして最後のアルバムとなってしまった“Full Circle”[2003年]発表後の2004年、前立腺癌が発見され、ツアーはじめ一切の音楽活動を停止。音楽業界からのコンタクトを完全に断っていた、と云います。

 ダンが闘病生活を送っていたことは、彼の公式サイトにあった彼自身のコメントを読んだ友人により、知らされました。しかしそこには「僕の癌が末期という噂は大げさだ。治療は一応成功している」「現時点では音楽活動の予定はないが、復帰の可能性は十分ある」と書かれていたこともあり、僕としては一安心していた。その後も情報は一切なく、「便りのないのは良い知らせ」と勝手に思い込んでいただけに、突然の訃報にショックを受けました。

 ダンの全盛期といえる80年代初頭、私はよく彼を「遅れて来たシンガー/ソングライター」と呼んだ。デビューこそ72年で、いわゆるシンガー/ソングライターが台頭した頃とほぼ同時期。だが初の全米トップ10アルバム『ツイン・サンズ』が78年と、一般的な認知度を高めたのはやや遅めで、その頃には前述のアーティスト達は既に地位を確立したり、ヒット・チャートの第一線から退きつつあったりと、シンガー/ソングライターの時代は終わりを告げていた。時代的にもディスコに替わってじっくりと落ち着いて聞かせる作風、いわゆるアダルト・コンテンポラリー(以下AC)、アダルト・オリエンテッド・ロック(以下AOR)がチャートの主流を占めるようになっていた。そんな時期に、繊細で抒情的なバラード「ロンガー」が大ヒット。永遠の愛を歌ったこの曲はウェディング・ソングとして現在も歌い継がれ(映画でもよく採り上げられる)、近年ではエア・サプライやベイビーフェイスにカヴァーされた。日本でもそこそこヒットし、後年もCMや、皇室のご婚礼番組にまでも起用された。全米ではその後もバラード・ヒットが続いたことで、ダンはAC/AORアーティストと見なされ、シンガー/ソングライターやウエストコースト系のファンからは軽視されてしまう。他方、一般的なAORアーティストと異なり、ダンはヴォーカル・楽器からプロデュース(『囚われの天使』以降)までほとんど一人でこなしてしまう(ウエストコーストの有名どころが必ず参加してはいたが)。また華やかな芸能界のスポットライトを避けてコロラドの山奥に住み、長髪にヒゲ(当時)といった風貌も手伝い、イメージ的にも「オシャレ」とは程遠い。こうしたことから、日本のAORファンからも敬遠された。さらに米国でカントリー系の低迷した80年代半ばにブルーグラス・アルバムを発表する等、タイミングの悪さも重なり、本国でもメインストリームから退く結果となってしまいました。今さらどうにもならないことだが、もしシンガー/ソングライター全盛期の70年代前半に大ヒット曲が生まれていたら、もしエイゾフがアサイラム・レコードとの契約に成功していたら(実際、契約まであと一歩だったらしい)、ダンに対する現在の評価はもっと高かったと思われるだけに、残念です。しかし、彼の音楽は90年代に登場したアーティストたちに明らかに影響を与えており、中でもガース・ブルックスやビリー・ディーンはそれをはっきりと認めています。
 日本でも2007年8月に72〜81年の計6作が紙ジャケット/リマスターで発売され、ようやく再評価の機運が盛り上がりつつあっただけに、その早すぎる死が惜しまれてなりません。今はただ、彼の冥福を祈り、そして素晴らしい音楽を残してくれたことに感謝するだけです。最後に、彼の仲間たちから寄せられたコメントを弔辞とし、そして彼の公式サイトに掲載された謝辞でこの追悼文を締めさせていただきます。

 「ダンは美しい、天使のような声の持ち主だった。みんな気づいていないか、覚えていないかだろうけど、彼はものすごい高音のハーモニーを出せたんだ。(ブラウンの74年のアルバム『レイト・フォー・ザ・スカイ』で彼は)ドン・ヘンリーやJ.D.サウザーよりも高音で歌った。僕のフェイヴァリット・ソング(「懐かしき恋人の歌」)は、年末にスーパーマーケットで昔の恋人に再会する内容だった。認めたくないが、僕はその曲を聴いて泣いた。過ぎ去った時と、昔の希望や夢をもう一度思い出させる歌だ。彼は本当にエモーショナルなソングライターで、素晴らしいシンガーだった」(ジャクソン・ブラウン)

 「大勢の音楽業界の重鎮たちが僕に電話して来て、ダンがいかに彼らにインスピレイションを与えたかを話してくれた。ガース・ブルックスもその一人だ。彼は本当にインパクトのあるアーティストだった」(アーヴィン・エイゾフ)

 「ダンはいつも心の奥底から湧き出す曲を書いた。それは聞く人の心を捉えて離さない。彼は僕らを羨ましがらせた、何故って僕らが『書きたい』と思うような曲を書くからだ」(ジョー・ウォルシュ)

[公式サイトより]
 「ダンは12月16日の午前6時、この世を去りました。癌と勇敢に戦い、最期は妻のジーンに看取られて、メイン州の自宅で静かに息を引き取りました。病気に立ち向かっていく彼の力、気品、優美さは、彼を知る人全員を勇気づけてくれました」

 「親愛なる友へ。“The Living Legacy”のウェブサイトを通じて、ダンにたくさんのメッセージを寄せていただいたことに感謝します。彼の音楽がいかに皆さんの心に触れたか、彼への励ましの言葉、賞賛と友情の言葉。本当にありがとうございました。
 ダンは強く、プライヴェートな人でしたが、たとえ山が揺れ動くような、最もつらい時でも、皆さんのメッセージを読み、彼の音楽が皆さんの人生に光を灯していることを知り、心の慰めとしていました。
でも最も大きなものは、彼の人生が目的に適ったものだった、と皆さんのメッセージを通じて彼に知らせていただいたことです。
 皆さんが彼の音楽を聴いて感じた喜びや楽しさが、皆さんの言葉や祈りとなって彼のもとに戻って来た。そのことを知った皆さんが心の平穏を感じてくださいますように。
感謝をこめて」(ジーン・フォーゲルバーグ)

 合唱、じゃなくて!合掌…。



1

J-POP
J-インディーズ
ポップス
ロック
オルタナティヴロック
ハードロック・ヘヴィーメタル
ブルース・カントリー
ソウル・R&B
ヒップホップ
ダンス・エレクトロニカ
ジャズ・フュージョン
クラシック
ワールド
ヒーリング・ニューエイジ
サウンドトラック
アニメ・ゲーム
キッズ・ファミリー
歌謡曲・演歌
日本の伝統音楽・芸能
カラオケ
スポーツ・その他
プライスOFF国内盤
ミュージックDVD