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1. とても良い |
Hiromiさん |
書き込み日: 2005年06月15日 |
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「南京の真実」がここに |
南京攻略戦は、中国軍は数万、日本軍も数千の戦死者を出した大激戦だった。 南京城外のあちこちに、日本軍の戦死体に混じって中国兵が遺棄した戦死体とが累々としていたに違いない。特に、本編でナレーションがいうように、唯一の逃げ道であった下関付近では、日本軍との戦闘によらない、中国督戦隊の射殺や城壁からの落下、圧死、また揚子江に飛び込んでの凍死、溺死などによる中国兵の死体が一万以上もあったことは「レイプ・オブ・南京」のアイリス・チャンですら認めている事実だ。(が、彼女も「虐殺派」もこれらの死体を全て「虐殺体」としてカウントしている。) 戦闘が終われば占領軍の一番の仕事は戦場整理である。 日本軍は戦死者の火葬(中国軍側の戦死者埋葬もまた日本軍が中国人自治委員会に賃金を払って完了させ、敵味方合わせて慰霊祭を執り行っている)や破壊されたインフラの復旧整備、難民の救済と中国人による自治推進などに追われ超多忙であった。 日本軍は『市民虐殺』などしている暇もなければ、理由もなかった。事実、難民たちは天国のような安全区で逞しく生き抜き、泥棒市が繁盛して(お客は日本兵)お正月には朝早くから日本軍から支給された爆竹を鳴らして楽しんだ。子供達のあの嬉しそうな顔をみよ!「ヤラセ」ではない、「子供達は本当に愉快に過ごした」と外国人達も証言しているのだ。 実際、「元兵士と間違われた男達が殺された」という『噂』と「合法的処刑」以外に、外国人たちは日本軍の中国人殺害など一件も見ていない。そんな様子もない。南京は本当に穏やかだったのだ。 日本軍は「住民を味方につけ親日的地域を拡大していく」という宣撫作戦を真摯に実施していたし、日本の兵隊さん達はまじめに戦争していた。 一生懸命門松やお飾りをこしらえ(中国人の子供も手伝っている)、お餅をついてお正月の支度をする兵隊さん達の姿こそが、「南京の真実」であった、と確信する。 |
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