良い / 口コミ件数 : 30件
価格 : 2,714 円
狂気の帝国の顕現。 映像の切った貼ったのうちにストーリーが現れては消えてくやり方はそのままに、 いつもよりもっと狂った展開に観客は唖然とするしかない。 シュールレアリズム、というよりはむしろもう 狂ってゆく人間の狂気を切り取ったような、 統合失調症的な世界に足を踏み入れているのがとにかく凄まじい。 「映画作品」という作りでは決してなく、映像作品と呼んでもよさそうな美しくも狂気に溢れた映像の羅列。 メタ的な構造を分析しようと試みたり、伏線を解きほぐそうとしてみたりといった作業は常に裏切られるだろう。 今回は本当に複雑だ。というか、無想剣の領域である。 ロジックが複雑なのか、あるいはそんなモン端から存在しないのかすら見定めることが出来ない。 とにかく3時間の長尺のほとんどが悪夢へのディープな潜行だ。 悪夢から解放されたと思いきや、まだ悪夢の中、が全編に渡って延々と続く。 後半は特にホラーとしても観れるので、怖いモノ好きの人にもオススメしたい。 ローラダーンも狂気の女優を熱演。 いつも通りの、闇に浮かぶ赤いエロチシズムだとかは今回はほとんどない。 あってもそれは酷く禍々しいものだ。 イレイザーヘッドを超えるぶっ飛び具合。 マルホランドと違って、今回は彼女と一緒に見るのはNGです。
ロスト・ハイウェイ、マルホランド・ドライブの2作は、その前の作品と比較して、特に難解な作品だった。今度の作品は、さらに難解になっている。デビッドのこれらの作品の特徴として、時間軸の順序がバラバラになっていることと、幻想(心象風景)と現実がいりまじっていることがある。マルホランド・ドライブは、後半に現実がでてくるので、それをベースに紐解けば、前半の心象風景を存分に味わうことができたが、今回の作品は、現実がほとんどでてこないのが読み解くのを非常に困難にしている。 でも、あえて読み解いてみよう。 このストーリーを紐解くベースになるのは、クロル(Krol)という男の動きだ。クロルは、最初の場面でローラ・ダーン演じるニッキーの嫉妬深い夫と同一人物だ。 彼は東欧でサーカス団の動物世話係をしていた。そこでおそらく女(作品中テレビを見てないている女)と結婚して子供もいる。最期に彼らの出会いの場面がある。クロルはサーカス団を経営している悪の象徴ファントムを殺すため、同じ仲間の3人の曲芸師たちから拳銃をもらいアメリカに渡る。女は、部屋で軟禁されているのか、それともひたすら夫の帰りを待っているのかわからないが、彼女が見ているテレビには、3人の曲芸師が夫が好きなウサギに化けて、やはりクロルを待っているのかもしれない。 で、クロルはアメリカに渡り、そこでローラ・ダーン演じる第二の女、スーと出会い、結婚する。スーは、別の男、ビリーと浮気をする。ビリーは、最初の映画の撮影にでてきた若い男優の現実の姿だ。スーは、ビリーとの浮気の結果、妊娠し、それをクロルに告げる。クロルはそれを聞いてスーに暴力を振るい、スーは家を飛び出してビリーの家に行き、ビリーの妻と子供のいる前でビリーとの浮気を告白するが、ビリーから否定され、さらに街へ飛び出す。そこでビリーの妻が追ってくる(ここはどこまでが現実か不明)。ビリーの妻は、スーをドライバーで突き刺す。その結果ビリーの妻は警察の取り調べを受けるシーンが中盤ででている。 スーは深手を負ってよたよた歩きながら、「Hollywood」と書かれた街角の標識を見て、Hollywoodに生きる自分の幻想を見て死んでいく。 この映画の最初の場面は、すべてここのスーの幻想が作り上げたものだ。この幻想のなかではスーは、ニッキーという大金持ちの屋敷に住み、スターへ返り咲くための新しい役に挑んでいる。ジェレミーアイアンズの映画監督は幻想の中だけの人物だ。 この幻想で登場するかなり気持ち悪い東欧のジプシーのオバサンは、幻想から現実に引き戻そうとする予言者であり、彼女の語る2つの小話が、スーの話と重なっている。ニッキーは、役のなかで、デヴォン(現実世界のビリー)と浮気をし始め、これが現実と幻想の境をなくすきっかけとなっていく。ニッキーは、役のなかで、ついにクロルと、彼のサーカス団と出会い、ついに幻想は消えてしまう。そして死ぬ間際に、もう一度幻想のニッキーに戻るのだが、もうそのときのニッキーは、前のニッキーではなく、現実も幻想もすべてわかっている。それは、彼女が自分自身を映画館で見ている幻想のなかの幻想が物語っている。 そして、彼女は、クロルの宿敵であったファントムを自分の手で殺すのだ。ここは、本当に彼女が殺したのかどうかはわからないが、これでスーは自分の人生に決着をつけ、クロルが残したポーランドの妻と幻想世界で出会い、消えていく。 映画のなかで何度も登場する売春婦たちは幻想世界の住民と見るべきだろう。彼女が象徴するのは、浮気をして夫から殴られ、恋人から見捨てられた自分に対する嫌悪感だ。自我が崩壊し、人間のクズである売春婦に成り果ててしまったことを意味している。シルクにタバコで空けた穴から覗けば本当の自分がいる。 あの世にいったスーは、なぜかファントムの屋敷にいる。そこには、ファントムの片足の妹と売春婦たちがいる(マルホランドドライブのローラ・ヘリング、相変わらず美人です)。そこのスーはなぜかとても幸せそうだ。 というのが僕なりの解釈であるけれど、まだまだ不明な点も数多い。ほとんどが幻想世界なので、悪夢をみているような錯覚に陥る。実際、深夜まで見たあと寝ようと思ったけれどなかなか眠れなかった。というか、眠ってないのに、自分の夢の世界に侵食してきたような感覚だ。一番怖かったのはジプシーのオバサン(よどんだ目がトータル・リコールのクワトーのようだ)で、一番ショッキングなのはファントムに顔にかぶさって異様に引き伸ばされたローラ・ダーンの顔だ。女優でここまでやるのはすごい。 あと、映像と音楽の完成度もいままでの作品から明らかにレベルアップしている。はやくブルーレイ版が出てほしい。
最初から終りまで…これでもか…!これでもか…!と言わんばかりに殺られました(苦笑)ここまで飛びっぱなしで戻って来ないリンチ作品は初めてのような気がします。最初から最後まで三時間観る者は多分置き去りにされてしまうと思います。この日は過労で心身ともにばろぼろな状態で観賞しました…途中…ちょっと危ない精神状態になりました(苦笑)。精神状態が不安定な日は避けて観ましょう…?
昔の古いものから最近の新しいものまで何十年と映画を観続けてきましたが、こんな衝撃を受けたことは初めてです。何て言ったらいいのかわかりませんが、思いっきり顔を殴られたようなショックを受けました。後半は、鳥肌が立ちっぱなし(結構、映像と音響が怖くてホラーっぽいところもあります)。最後は自分の中で、じんわりと訳のわからない感動が広がりました。わかるわからないは別にして、この映画がぶつけてくる衝撃を感じ、強烈な体験ができたことが非常に嬉しく、映像表現としての映画もまだまだ捨てたもんじゃないなと思いました。はっきり言って映像表現のテクニックは20世紀で出尽くしたと思ってましたから。ベルイマン、アントニオーニも亡くなってしまいましたね・・・。でも僕らにはリンチがいる!!(なんてね。) 前作「マルホランド・ドライブ」は、まだ一般映画にとどまっていたように思いますが、本作は全米批評家協会で実験映画的作品賞というのを受賞してまして、確かにここまでくると実験映画とも呼べるかもしれません。映画にわかりやすいエンターテインメントを求める方にはお勧めできませんが、是非多くの方のこの強烈な映像体験をして欲しいなと思います。訳がわからん、金返せ!ということになるかもしれませんが、中には(1%くらいか?)新しい発見、映画の見方が変わるエポックとなる人もいるのではと思います。ちなみに3時間の長さはまったく気になりませんでした(ダメな人は苦痛の3時間になることも想像できますが・・・)。
これまでに鑑賞したリンチ作品の中で最も好きな作品となりました。 前作「マルホランド・ドライブ」であの独特な空間は完成されたかのように思えましたが、 今作はそれを凌ぐ完成度をもっています。 1回目の鑑賞時はそのめまぐるしい展開に情報が整理しきれず、 最後は解釈を諦め心地よい感覚に身をゆだねてしまいました。 (それでもラストは感動!あの高揚感は凄い。) しかし、ストーリーを完全に理解したい自分はナンセンスと思いながらも要所要所をメモに取り、 それらを整合させる作業を行いました。 その過程の中でどんどんどんどん扉が開かれ、新たな発見を何度も味わう喜びを得られました。 リンチ監督は追及した者に追求しただけの答えを用意してくれているんですね。 全てのピースを繋ぎ合わせ、自分なりの解釈を完成させた時、 この作品は自分の心の中に深く濃く染み込んでいました。 人間の普遍的な感情と深層心理をキーポイントにした前作とは異なり、 今作はファンタジー色が強いのですが、その奥深さと巧い見せ方で説得力を与えているんです。 この手腕と天性の才能には、ただただ感服するばかりです。素晴らしい! 確かに見る人を選ぶ作品だとは思いますが、ここまでの芸術作品はそうそう無いと思います。 初見で合わないと感じた方にも、新たな目線でもう一度鑑賞してほしいです。