 |
1. とても良い |
おじいさんさん |
書き込み日: 2005年02月17日 |
|
 |
国民にとってこの映画はなんであったのか?? |
自家用車の後部座席に乗って交通事故で死亡した佐田啓二、あまり好きになれなかった岸恵子。東京大空襲のとき数寄屋橋で助け合った男と女。半年後に再開を約束。女は故郷佐渡島に戻る。男は半年後待っている。佐渡島から東京、さらに鳥羽、そこで女は他の男に身を任し結婚する。結婚前日女は数寄屋橋にゆく。男と再会。東京、佐渡、北海道、九州と女は揺れ動く。自己の心の揺れ動きにより周囲を振り回す。真知子は悪女である。振り回される周囲が哀れである。二枚目は女にこびをうったオカマみたいな面をしていることがわかった。岸恵子はじれったい女。かなわんなぁ! 菊田一夫の原作から春樹と真知子の純愛物語にせばめてしまった作品、原作にあったパンパン(売春婦)や、混血児の差別等の社会問題は排除されてしまった。 3時間もかけてかったるい純愛物語に純化させたのだからもっと高級品を期待したのだが無い物ねだりであった。真知子巻きをしていた。春樹を愛したアイヌの娘は自殺した。真知子の夫と姑は真知子にもてあそばれ許してしまった。真知子の友人は春樹を譲った。一体、なんというつまらない映画であることか。 「忘却とはワスレサルコトナリ」。 敗戦後の状況を男と女がいかにいきあうべきかを縦軸にし、伝統的文化の崩壊と敗戦後の売春婦、混血児、貧困等の社会的問題をゴチャゴチャさせたのが原作の良さであった。だから大衆はラジオ放送に聞き耳をたてていたのだ。敗戦後の社会がぶつかる社会問題を抹消したことにより大衆の勢い、新しい価値観を作ろうとした活力が見事に抹殺された。犯罪的映画とはこの作品をいうのだろうか。 |
 |
|
|