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戦争責任とは?これからのアジアの中の日本を考える上で貴重な作 |
近年、中国・韓国の「歴史認識」「教科書問題」「靖国参拝問題」などで中国・韓国の反日デモが起き、それとともに日本でも中国に対する反感、嫌悪感が強まっています。戦後60回目の敗戦記念日を前に、この「東京裁判」を再見しまた。通算4度目です。戦勝国が敗戦国を裁くのは違法ではないかという意見があります。前例がないのは事実です。また、ウエッブ裁判長の独断的で強権的な進行を見れば、はじめに結論ありきの裁判だったことは明白です。映画は、米国国防賞のフィルムと裁判シーンが映像素材ですが、小林監督は極めて抑制的に淡々とこの裁判を構成しています。裁判の焦点は戦争指導に関するの共同謀議、天皇の責任、関与の有無、さらに「南京大虐殺」といわれる事件の立証、満州国成立過程などが主な内容ですが、なにひとつ立証されていません。「共同謀議」がないなんて欧米人では理解できないかもしれませんが、それが日本独特の「あうんの呼吸」「空気の力学」なのでしょう。この裁判で主に的になったのは開戦時の首相・東条英機です。彼は天皇に責任が及ぶことを阻止する、その一点に注力したようです。溥儀も証言台に立ちますが、彼の偽証は後年彼自身認めています。また、「南京大虐殺」を立証するという資料、証言は極めて恣意的といわざるを得ません。ただ、この映画の中で驚いたのは、弁護人を努めた米国軍人の弁護内容です。正論でした。しかし、この映画だけでなく、その他の資料を見ても感じるのですが、先の大戦は大きく二つに分けて考えるべきと思います。主戦相手の米国ほかの欧米諸国との太平洋戦争と満州事変、日中戦争など16年に及ぶ中国との戦争です。太平洋戦争で戦争責任を追及される覚えは日本にはないでしょう。しかし、中国への侵略戦争には明らかに責任があります。そして、この戦略性もなく、300万人以上の軍人軍属、民間人を無駄に、しかも無残な死を強いたことは国民に対して大きな責任があるのではないでしょうか。これからのアジアにおける日本を考える上で永久に貴重な資料となる作品だと思います。 |
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