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バベル スタンダードエディション [DVD]

バベル スタンダードエディション [DVD]

良い / 口コミ件数 : 103


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1.  とても良い 監桶ロックさん 書き込み日: 2007年11月18日

「傲慢」と「相手への無理解」、そして意思疎通の難しさ

本作の題名は創世記第11章のバベルの塔から取ったことは間違いないでしょう。
だから「言葉、心が通じない」ということが招く悲劇を描いた作品であるのは当然なこと。
でも、僕はこの作品における悲劇の根源には、「傲慢」があると思う。
それも、登場人物たちは気が付いていない、という意味でより絶望的な・・・。
この先は、思いっきりネタばれを含んでいるので、映画を見ていない方は読まないほうがいいです。

ブラピとケイト演ずる裕福な米国人夫妻は、子供のひとりの死がきっかけとなった夫婦間の危機の解決のためか、はるばるモロッコまでやってくる。
暖かい人間性を持ち、残る2人の子供たちを良く世話を見るものの、法的には不法就労者であるメキシコ女性のサンティアゴ一人に任せて。
そのサンティアゴは、息子の結婚式に出席したいあまり、代理の乳母が見つからないため、夫妻に無断で子供たちを連れて国境を渡る。
役所広司演じるハンティング好きだった綿谷ヤスジロウは、銃による妻の自殺から立ち直れず、さらに聴覚が不自由な一人娘チエコとの不仲に悩んでいるが、
都心の高級高層マンションの壁には、猟銃を持ったハンティング姿の自分の写真が何枚も飾ってある。チエコが死んだ母親の最初の発見者であるにも関わらず。

この大人たちが、自分達の都合を優先したあるいは相手の気持ちを良く理解しようとしない結果、
一人苦しみ迷走する子供(チエコ)を生み、米国人夫妻の子供達は砂漠で生死をさまようことになり、
銃の恐ろしさを知らないモロッコの子供たちに、偶発的とは言うものの悲劇を起こさせてしまう、といったことにつながる。

モロッコ人の父親もサンティアゴも、過ちに気付き、報いを受ける。
しかし、米国人夫妻は最後まで自分たちの「傲慢」に気付かず、逆に「被害者」と思っているように見える。
ヤスジロウがチエコを理解し始める兆しを見せるエンディングは、ほのかな希望。
こう書いている自分だって、知らずに同じ傲慢さを持っているはずと痛感させた本作、こんなに「重い」ものとはとても想像できなかった。



2.  とても良い takaboさん 書き込み日: 2007年11月12日

リアリティ

俳優陣が上手いです。この人たちの演技を見るだけでも価値がありそうです。特に印象に残ったのはアメリカ人旅行者の妻(ケイト・ブランシェット)、チエコの父(役所広司)、メキシコ人家政婦(アドリアナ・バラッザ)、アメリカ人夫婦の男の子、モロッコ人の兄弟、チエコの親友の聾唖の女の子、メキシコ国境警備官などです。

この映画を特徴付ける要素としての「リアリティ」、彼らの演技はその中核をなすものでした。ストーリーもまた非常にリアルなものに感じました。ドラマではなくドキュメンタリーを見ているような錯覚を覚えたほどです。モロッコで銃撃された観光客で助かる確率が一番高いのはやはりアメリカ人なのではないでしょうか。チエコが刑事に渡した手紙、チエコと父との関係など様々なことが謎や未解決のまま放置されていますが、現実とはそういうものではないでしょうか。

「私は悪いことをしたのではない。ただ少し愚かだっただけだ」これはメキシコ人家政婦が語る一言ですが、まさにその言葉が不幸な人々を結びつけるキーワードとなります。不幸の始まりとなる一発の銃弾。それを放ったモロッコの少年の悪意無き愚かさを思うと胸が詰まります。

現実はいつだってそういうものではないでしょうか。悪意無き愚かさがとてつもない不幸を引き起こす。

人間の傲りに神が怒り、塔と共に言語をばらばらにしたという余りにも有名なバベルの塔の逸話。それを題名にした映画の意図は明らかです。国による言語の違いや聾唖者とそうでない人の間の意思疎通の困難さだけでなく、同じ言葉を話すもの同士ですら心を通わせることの困難な人間。しかしばらばらになった人間同士を結びつけるのはやはり言葉でしかないのです。



3.  とても良い Josephineさん 書き込み日: 2008年11月27日

神の目を借りる二時間半

無力ゆえにもどかしく
知ってしまえばおそろしく
たまらなくせつない。

それはきっと、 起きる全てのことが あまりにも普通だから・・・。

自分が住んでいるごく普通の世界が、いかに強烈な、しかしごく自然な感情に囚われているか。
自分であり家族であり友人であり他人である 人間というものの限界。
見ていて全くフィクションという気がしなかった。

2時間半の間、 観客は神の目線を借りることになる。
現実世界では、我々が目にするのはせいぜい日本のテレビでの報道の一部、ぐらいであって、
これだけの事実を全て目撃することはあり得ない。
神が見ていたなら愚かだと感じるのかもしれないが、
私は生まれた時から人間で、これから死ぬまで人間だから、
誰のことも責められないし、ただただやるせなかった。
真実を見ずにものを述べることは危険。それはわかる。
しかし真実は、人間にはどうあがいても見えないものなんじゃないかと
ほんの束の間、下界を見下ろしながら思った。

見ずして、知らずして、それでも尚おもんばかる気持ちというのを持てるかどうか。
持ちたいかどうか。
そして、なぜ。

この映画は人間の心まで神にはしてくれない。
そして、彼らの「その後」を見ることも我々にはできない。
想像の余地を残したところも実に巧みで気に入った。

このストーリーを「バベル」と名付けたのは素晴らしい。
神に分かたれたものは言葉だけではないことを誰もがつきつけられるだろう。
同じ東京にいて同じ日本語を話していたって、本当に通じ合えてますか、と。

この映画を見なかったことにして生きていくのが
いちばん簡単かもしれない。



4.  とても良い ピュアさん 書き込み日: 2007年12月30日

「連鎖」というアウラを持った監督

「アモーレス・ぺロス」「21g」と過去2作に愕かされてきたが、やはりこの作品も物語が
「連鎖」していく快作だった。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトウ監督は、アウラを
持った監督である。心して見ないと感情移入できない。「何かをしながら」見る映画ではない。

さて物語りだが、この「バベル」の塔とは銃なのだろうか?人間の発明した銃のもたらす愚か
さに神が怒り、コミュニケーションを絶つ言語が生まれたというのだろうか?モロッコ編では
そのことを感じるが、そこに連鎖するメキシコ編と日本編ではさらに悲しみを増幅させる。

メキシコ編の乳母は、悪人で無いだけに愚かで哀れだ。乳母の甥は一体どうなったのか?それ
は描かれておらず観客の想像の連鎖を余計掻き立てる。日本編の聾唖の女子高生の悲しみは、
とてつもなく深い。若い警官に渡した手紙に何が書かれていたのか?想像の連鎖は尽きない。

話題の菊地凛子は「トーリ」では魅力を微塵も感じなかったが、この作品では「孤独」という
難しい演技にチャレンジしている。監督、脚本、配役パートナー等々が質を高める例だろう。
痛々しく目を背けたくなるが、日本代表選手として素直に拍手を送りたい。



5.  とても良い たまさん 書き込み日: 2007年11月13日

上手くは言えないけれど

愛の変化が見えました。赤子のようにただひたすらに愛を欲しがった女子高生。失ってはじめて知る幼き少年自身の愛。一つの譲れない愛を優先し、もう一つの大事な愛を失った女性。憎しみを許し合った夫婦がなしえた愛。
上手くは言えないけれど、愛を求めること、与えることを諦めてはいけないと思う。



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