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「愚行」のひとことでは済まされない近代日本の国民的悲劇 |
「八甲田山」は、荒れ狂う自然の猛威に立ち向かう人間のドラマであり、同時に、日本軍にみる「組織の失敗」の事例研究にもなっている。しかし、もしこの映画が単に軍の愚行を描いたのであれば、それは経営学の素材にはなっても、人々の心に残る作品にはならなかっただろう。
この映画が見る人の心をうつのはむしろ、それがいわば「近代日本の悲劇」を象徴的に示しているからだろう。危険な雪中行軍が決行された背景には、日清戦争後、三国干渉に遭遇した日本が、「臥薪嘗胆」を標語とし、国をあげて大国ロシアとの戦争に備えていたことがあった。当時の日本にとってみれば大変な背伸びである。国全体が無理するなかで、無謀な計画もまかり通った。しかし考えてみれば、雪中行軍や日露戦争に限らず、明治から昭和までの日本の歴史は無理な背伸びの連続だった。植民地化を免れるため、列強に対抗するため、戦後は経済大国を目指して、近代日本は無理を重ねて成長していったのだ。
そうした無理が、大は戦争から小は通勤電車の混雑まで、多くの人間的犠牲をもたらしたことは確かである。そこに生じた幾多の過ちが今日批判されるのも当然だ。しかし、では日本は無理をせず、東アジアの片隅で小国としての幸せを求めればよかったのだろうか。19世紀や20世紀初頭の世界はそのような生き方を許す世界だったのだろうか。後知恵はさておき、当時の日本人はそうは考えなかった。弱肉強食の世界にあって、国を守り、列強に伍していくためには、無理してでも戦わなければならないことがある。そう思っていたからこそ、多くの日本人は黙々として国難に殉じたのである。
八甲田で死んでいった将兵達は、直接には無責任な上官たちの犠牲者であった。しかし大きく見れば、彼らは無理を重ねて成長していった近代日本の人柱であったともいえる。「八甲田山」が「国民的」な悲劇として日本人の琴線に触れる理由はそこにあるのだろう。 |
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