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価格 : 1,890 円
正直なところ、キリスト教に関する知識がそれほど豊富ではない私には、例えばユダの福音書における従来のキリスト教での解釈と比べた場合の革新性など難解な部分もありました。 またユダの福音書自体もあくまで現時点での研究成果に過ぎず、未解読の箇所、仮置きの解釈など留保付きの箇所も多くあります。 しかし本書を読む最大の喜びは、解釈中の箇所も含めて、現在進行中の世界史的な発見に関する研究に触れる貴重な機会を得ることが出来ることにあると思います。 もしあなたがまとまった研究"成果"を期待しているならば購入する必要は無いかもしれません。しかしもし"今現在の"研究状況について興味を持っているならば迷わず購入することをお奨めします。
1970年代にエジプト中部で、全66頁のコプト語によるパピルス写本が発見されました。現在は「チャコス写本」と呼ばれるこの写本は、3世紀末から4世紀初頭のものとされ、その33頁から58頁に収録されていたものが、『ユダの福音書』です。「過越しの祭りを祝う3日前、イスカリオテのユダとの1週間の対話でイエスが語った秘密の啓示」ではじまる『ユダの福音書』は、いわゆるグノーシス主義の福音書に分類され、ギリシア語原典は2世紀半ばには書かれたとされます。 グノーシス主義では、物質世界と肉体を創造したのは真の神ではなく、偽りの神、もしくは悪神であるとして、肉体にとらわれている真なる神的本質である魂を開放し、魂と真なる神との神秘的合一を希求しました。したがって『ユダの福音書』には、イエスの十字架刑も、復活も描かれません。『ユダの福音書』のイエスは、殉教により原罪をあがなう四福音書のイエス像とは異なり、真の神の御国の秘密を授ける、「教師」として登場しています。 しかし同書によれば、イスカリオテのユダを除き、自らの内にある神的な「完全なる人」を取り出して、イエスの眼前に立つだけの勇気のある弟子はいませんでした。そしてイエスは、魂の真なる故郷について、ユダにこう言います。「イエスは言った。『[来なさい]、いまだかつて何びとも目にした[ことの]ない[秘密]をお前に教えよう。それは果てしなく広がる御国だ。[そこ]は天使たちでさえ見たことがないほど広大で、[一つの]目には見えない[霊]がある』」(チャコス写本47頁)。 おそらく『ユダの福音書』本文は、原稿用紙50枚にも満たない短いものですが、上記のように、力強く、印象深いイエスの言葉がいくつか見られます。また翻訳にあたった学者たちによる、周到で綿密な解説が後半に収録されているので、『ユダの福音書』のグノーシス主義における位置づけや、思想的な系譜に関心のある方には、一読の価値のある貴重な一冊になると思います。
「異端反駁」という本によって書名だけ知られていた「ユダによる福音書」の翻訳です。21世紀の歴史的な発見といえるものです。 ユダについての記述は正統福音書においても不自然な点があるのは、以前から指摘されています。 1.イエスがユダの裏切りに気がつかないことがありうるのかということ。 2.イエス自身がユダが思っていることを行うように促している記述があること。 本書は別ルートのひとつの証言として貴重な手がかりであると思います。 新約聖書に収録されている福音書であっても、書かれたのは、イエスの死後90年程度のちのことです。意外に各正統福音書には政治的な意図を含んでいるところが散見されます。各福音書にはそれぞれの支持者の意図が背後にありますので注意深く識別する必要があるでしょう。 なにはともあれ、この内容にきわめて似通った、むしろ詳しいほどの説明がグルジェフ著「ベルゼバブの孫への話」(平河出版社)に 出てきます。何らかの形で、中央アジアかどこかには、ユダによる福音書のオリジナルに近い写本が伝えられているのかもしれないです。 グルジェフはどこかで読んでいたので、自分の著作の中にユダの話の顛末を説明したのではないでしょうか。
『ユダの福音書を追え』を買ったら、本文は載っていなかったので、今度こそと、これを購入した。注釈を参考に見ながら読み進めたところ 、ほぼ全体像が把握できた。正統派とはかなり違う内容で、「異端」の烙印を捺された理由が理解できる。とにかく注釈が素晴らしい。
宗教学者やキリスト教徒の方から見れば、邪道な読み方かもしれませんが、「人間としてのユダ」「人間としてのイエス」の描かれ方に興味を持って読みました。 よく笑い弟子に積極的に話しかけるイエス。 そのイエスを敬愛し、その指示に従ってイエスを官憲に渡すユダ。 ぼろぼろのパピルスの断片を慎重につなぎ合わせたページから、その人間的な側面が浮かび上がってくるように思えました。