世界の信用市場の根本が崩れ去り、終わりの見えない混乱が続く中で、日本を代表する経済紙が相も変わらず「洗脳された」能天気さで購読者に非預金性の商品への投資とエマージング市場への投資を第一面でいまだに煽り続けている姿はグロテスクなものです。人間にとって一番怖いのは、知性を洗脳されてしまうことだといういい証明になっています。そういう意味ではこの作品は一種の知的な清涼剤的な役割を果たしているものです。しかしながら中身は一種のやっつけ仕事となってしまうのは仕方がないのかもしれません。英文の専門論文に頼るしかない中で、結果として多数の専門用語の訳はだいぶずれており(というよりも訳がない専門用語が多数あるというのが現実)、前後で論理が矛盾している部分,そしていくつもの慎重な限定付きながらも単純化された結論の提示もいくつも散見されます。またtimothy sinclairの「the new master of capital」の論旨に依拠する部分も多数です。ただし著者の結論である「米国による金融支配の終焉」というモティーフは傾聴に値するものです。デリヴァティヴと金融自由主義の果てに待ち受けていたものは、皮肉なことにすべてのリスクがもう一度銀行の帳簿に逆戻りするというre-intermediationであり、銀行という役割の公的性の再確認だったというわけです。そう銀行も、外交や戦争と同じく、啓蒙主義のイデオロギーの延長線上の疑似科学的な技術主義にのみ依拠した専門家(軍人、外交官、銀行家)に任せておくには余りにも重要な問題だったわけです。この後に待ち受ける金融の世界のdefining ruleとはどんなものなのでしょうか?その点については本書は何も言及していません。