とても良い / 口コミ件数 : 39件
価格 : 5,250 円
当初ハワード・ロークの孤高さはキザッぽく、ドミニクの攻撃性は何のポーズ?だろうと感じながら読んでいました。しかし、トゥーイーが登場しこっちの方がもっと胡散臭いと感じた辺りから、もう私はロークの虜になっていました。じわじわと社会に侵食してくる「公共性」の名のもとによる個人の「創造性」封じ。自己中心主義と利他主義の曲解による思想統制。権力とはどのように生れ、誰が手にしていくのかを、建築業界から抹殺されようとするロークの抵抗を表層に、訳者も述べているように政治思想小説として提示している小説なのです。私はもうすっかりアイン・ランドに魅了されてしまいました。 この分厚い本を読み進めて、背筋が伸び涙が止まらなかった箇所があります。ロークの公判における最終弁論です。ここを読むだけでも、「社会に貢献し無私な生き方こそ美徳」と思い込んで生きている人たちの、内に抱え込んだ閉塞感を解放してくれます。このロークの語りこそ生きる力を授けてくれるのです。私自身この語りで救われました。一生のうちに『水源』に出会えたことは人生の宝だと思っています。知人にもどんどん薦めています。読む価値のある小説といって間違いはないでしょう。
長い!しかし、おもしろい!A5判・2段組・「訳者あとがき」も含めて1037ページという恐ろしい分量だった。早く読み終えたかった。だが、主人公たちの運命の成り行きに引きづられているうちに、物語が終わってしまうのが惜しくなり、終盤を迎える頃には、一つ一つの文章を惜しみつつ、味わって注意深く読んだのだった。 この作品は、確かに「政治思想小説」である。登場人物たちは、ときに強烈な思想を主張する。“日本的”なものとはほど遠いに違いない。だからといって、堅苦しい作品ではないのだ。とにかく緊迫感に満ちた恋愛小説であり、凡百の恋愛ドラマなどが色あせてしまうほどの、深いおもしろさに満ちている。 自分の理想を貫くことにかけては妥協を許さない青年ロークと、人を寄せつけない冷淡な美人であるドミニク−−−この二人の恋愛ほど奇妙な恋愛は、他になさそうである。 愛しあっているがゆえに離れるとはどういうことだろう? 二人はなぜ傷つけあうのだろう?しかも、そのことを当人たちは了解済みなのである。 この二人の愛情はストイックな愛情であり、倒錯的な愛情なのである。 しかし、それで終わっては単なる作りごとだ。倒錯的で観念的な愛を現実のものとするために、主人公たちは意表をつく行動に出る!その行動は犯罪的ともいえるもので、結末のどんでんがえしに驚かされてしまう。 わくわくしたストーリー展開に心が躍らされながら、「よりよく生きる」ということを考えさせてくれる作品だと思った。 私は一気にアイン・ランドのファンになってしまった。この作品をたくさんの人たちに楽しんでもらって、感じたことを話し合いたいと思う。
世間では一般的に、利己的、エゴイスティックであることは悪だと言われています。人間に は利己心がある、エゴがある、それを失くすよう努力しなければいけない。また人間は自然や 神の前では卑小な存在であり、謙虚にならなければいけない。果たしてそうなのでしょうか? この小説は、建築家ロークの半生を通じて、利己主義の道徳性、そして何よりも「人間の気 高さ」を説きます。ここで語られる利己主義とは、要するに100%自分の意志によって生き るということです。自分の行動の動機を他人に求めず、常に自分に求める。これは一見簡単そ うに見えて、実は難しいことです。「他人の賞賛を浴びる」ためや、「世間に認められる」た めだけの行動は全て否定されるからです(もちろん自分の意志に忠実に行動した結果、賞賛を 浴びたり世間に認められるのは問題無い)。 したがって基本的に客商売である建築家が利己的になるのは悲劇です。でもロークの「利己 的」な生き方にすがすがしさを覚えるのはなぜでしょう。この小説の読後感は、表紙の絵にあ るような摩天楼を吹き抜ける一陣の冷たい風のようにさわやかで身の引き締まるものです。 あと本の帯に「リバータリアニズムの源流」とあり、実際一般的にそう認識されています が、ランドの思想とリバータリアニズムは実は根本的に異なります。それは端的に、リバータ リアニズムが「どう生きるか」という問題に対して、「人それぞれなんだから、好きなように 生きればいいよ」「ドラッグでもなんでもやればいい、ただし自己責任で」とどんな生き方で も肯定する価値相対主義なのに対して、ランドは「合理的に生きなさい」「ダラダラしないで マジメに働け!」と一つの生き方を強制する価値絶対主義からです。リバータリアニズムに関 心のある方はここのところの違いについても考えながら読まれると良いのではないでしょう か。
どういう風に表現して良いのか、湧き出す気持ちを抑えられない衝動が、私を突き動かしている。この本に巡り会えてのも偶然ではなく必然だと思う。「水源」の舞台は1920年〜1930年代のアメリカである。建築家ハワード・ロークとドミニク・フランコンの贅肉をそぎ落とした恋愛と生き方を軸とした世界を、まだらに漂う万華鏡のような現実が渦潮の如く、彼らを巻き込んでいく。ピーター・キーティングとエルスワース・トゥーイの不条理極まりない打算に満ちた生き様があり、読み進んでいくうちに、血液が沸点に達していく。その時にハワード・ロークの数々の言葉が全身を包みなだらかに着地まで導いてくれる思いになる。 この本に出会えたことで、自分と深く向き合い、考え、強い自己肯定を確固とし、生きる指針を思い出したように思う。いっぱい悩んでいる人々に、かみしめて、かみしめてこの本を読んでもらいたい。 「自分の人生は人のものではなく自己のものである、ゆえに責任がある」のだと。
『水源』読みましょう!前半はなんとなく「小説」でしたが、中盤くらいから圧倒されます。今までの自分の行き方を代えてくれる可能性ありですヨ。 セコハンの生き方をしないようにするにはどうしたらいいのか、毎日考えてます。