とても良い / 口コミ件数 : 18件
価格 : 2,205 円
本書の最大の特色は、心の清浄道としてヴィパッサナー瞑想を位置づけ、説明している点である。 心の清浄道というのは、聞きなれない言葉である。例えば、特定の人物に対する怒りを感じたとしよう。その怒りや憤りを覚えること自体が、苦しみではないだろうか? 大抵の人は、頭にくるその人物が自分に怒りをもたらしたのであって、自分が悪いわけではない、と考えてしまう。だが実は、その怒りは自分の心の汚れが生み出したもので、心をきれいにすることによって、怒りがもたらした苦しみから解放されるのである。その方法を心の清浄道と呼んでいる。ヴィパッサナー瞑想は、苦を乗り越えていくシステムであり、神秘体験・至高体験を目指すものではない。すべての苦が完全に乗り越えられた状態こそが心の平安であり悟りなのだ、とも強調されている。 この本は大きく3つの部分から構成される。清浄道としてのヴィパッサナー瞑想の成り立ち(序章〜三章)、瞑想の技法(四章〜五章)、心の掃除法(六章〜終章)の3つである。 成り立ちではブッダの瞑想経験、九次第定・七覚支の瞑想システム、認知プロセスモデル、サマーディとの関係を解説。 瞑想の技法では、サティの基礎技術つまり地道な気付きの技術を身→受→心→法と段階的に進める方法を解説。特に心随観(心の可視化)ではどのように自分の心を対象化すればいいのか具体的に示されている。 心の可視化によって汚れ(貪瞋痴)への対応が可能になり、心の掃除のための具体的な方法が示される。それが、慈悲の瞑想と12の方法である。そこには神秘的なものなど何もなく、実際に自分の苦を軽減し、幸せに生きるための方法が示されている。 印象深い言葉は「心の便所掃除」である。いつも使っていて、いつの間にか汚れてしまっている心(便所)。それを綺麗にするためには、常に汚れに気づき掃除を行う必要がある。便所掃除(清浄道)ははじめいやな仕事と思えてしまうが、それこそが本当に大事な仕事であることがよくわかる。 怒りに苦しむ人、ヴィパッサナー瞑想を志す人にお勧めする。
かなりマニアックな著作かと思いきや、けっこう広く読まれているみたいですね。 私も仏教書は色々と読んでいますが、本書は山のような仏教書の中でも、特にきわだっている感じがやはりします。日本仏教に馴染んでいる人間には、目からウロコな新しさと素敵さを感じさせてくれるヴィパッサナー(まだ上手く発音できない)瞑想、といえばスマナサ−ラ長老の深遠で明快な著作で十分なんじゃないの、と最初は思いましたが、間違ってました。なにより、悩める普通の日本人(むろん、もともと頭のいい人なんでしょうが)が一生懸命にこの瞑想法の奥義を会得し、それを多くの人に伝えるための工夫をしてきた結果、うまれてきたのがこの本、というのがポイントでしょう。瞑想により得られるメリットから(究極的には〈安心〉ですが)、ありえそうな疑問(欲望なくしたら人間らしくないんじゃない?とか)まで、本当にわかりやすくて、自分の身心にストンと入ってくる。 あと、「あとがき」がちょっと感動的でした。できれば本書を全部よんでから、瞑想の意義を理解した後で読んでほしいですね。著者の仏教に対する本気さが、しみじみと味わえるのではないかと思います。
地橋先生のアドヴァイスは的確だ、特に日本人の精神性に合った指導をされていますので瞑想初心者やヴィパッサナーの翻訳本にしっくりこない方にお勧めの本です。お蔭様で私は、この瞑想法で人生を豊かにそして実りあるものに出来ました。 生涯活用する瞑想実践書として活用したいと思います。
「たとえわずかであっても、実践した分量に比例して、どなたでも確実に、人生の苦しみを減らすことができる道が示されたのです。」P236 著者が、力強く言明しているこの言葉が何よりこの瞑想の素晴らしさを伝えているのではないでしょうか。 この本は、約2500年前にブッダ自らが実践して悟りを開いたと言うヴィッパサナー瞑想の理論と実践法を、 瞑想歴30年に達しようかという著者が、自らの経験と実績を礎石として綴った原始仏教実践の書です。 日常的な苦を確実に軽減して行くことから始まって、果ては「悟り」という、ちょっとスグには信じがたい 境地にまで達しようという瞑想システム。この瞑想システムを諸科学からの引用を駆使し、コンピュータ用語による 巧みな比喩を用いることによって、論理的かつ明快に解説しています。第三章においては、瞑想による超集中状態を 理論的に解説しており、瞑想に興味津々という方には垂涎モノの内容となっています。しかし、超集中状態だけで、 心が清らかにならなければ何の意味もないとする原始仏教の徹底したリアリズムは、原始仏教に馴染みのない方に とって、驚きを禁じ得ないものとなるでしょう。 そして本書は、ヴィッパサナー瞑想のみならず、「心の清浄道」としてのブッダの瞑想システム全体に総合的に 言及しており、如何にして、自分の心を良い方向に、善なる方向に組替えて行くのかが丁寧に説かれています。 ブッダの瞑想システムは心を清らかにする道であるという基本精神をしっかりと理解し、実践し始めるならば、 今現在どんな状況にあっても、確実に苦しみを軽減し、より良い幸福な人生を築いていくことが出来るのでは ないでしょうか。そして、本書は、この瞑想システムを正しく理解する上で欠かせない一冊になると想います。
タイ、ミャンマー、スリランカなどでヴィパッサナー瞑想の本格的な修行を積んだ著者は、さらに日本で多くの人びとに厳格かつ懇切丁寧にこの瞑想の指導を重ねてきた。それらの全経験が本書の随所に活かされている。日本人でヴィパッサナー瞑想の修行を志す人々の疑問や迷いや躓きを知り尽くした著者が、それらに応えるべく渾身の力を込めて本書を書いた。これまで他書では必ずしも明確ではなかったマハーシ方式の瞑想法が、分かりやすく詳しく語られ、入門者にとっても経験者にとっても座右におくべき本となるであろう。 本書ではまた、ヴィパッサナー瞑想とは何か探る章や、サマーディとな何かをめぐってサマタ瞑想(止)とヴィパッサナー(観)との違いを理論的に明らかにしていく章も充実している。 ダンマの世界と概念の世界の違いについては仏教にとってなじみのテーマだが、ヴィパッサナー瞑想では、その識別を実践的にここまで厳密に体験していくのかと、読者に衝撃を与える。また、日本には主にサマタ(止)瞑想が伝わったが、ヴィパッサナー(観)では、サマタのサマーディが必要条件であっても到達点ではないとされるもの驚くべき事実である。 さらに本書ではヴィパッサナー瞑想の「心を観る瞑想法」についても詳しく語られている。これは、心理療法に携わる人びとにもぜひ読んで欲しい。ヴィパッサナー瞑想が、潜在意識を浮上させ自覚化していくきわめて優れた方法であり、しかも心理療法にない深さと広がりをもった実践法であることが、理解してもらえるだろう。 日本へのヴィパッサナー瞑想の導入が、まだまだ充分とはいえない中、本書はこの瞑想法の普及に重要な役割を果たすであろう。