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「使わない」ことへの転換が求められているのかもしれない |
このレビューを書こうとする時、あるいは書いている時でさえ、私たちは石油を消費している。
既に『石油の終焉』という製本される段階で多くの燃料を使い、
さらに、レビューを執筆する際には、PCの電源を通じて、電気を使い、
また、家の中の電灯を照らして再び電力を消費している。
本書では、新しい技術とコスト面との折り合いがつかないと、
新技術への移行はかなりの時間がかかってしまうことを現実的にとらえている。
日本ではかなり進んでいると思われる「省エネ」技術も、
コスト面での競争力がなければ、やはり導入には二の足を踏むと言う。
とりわけ、アメリカでは経済成長と資源消費を同一視線で語ることが多く、
一方を犠牲にする政策はかねてから一切議論に上ってこない。
(最近は民間レベルでの突き上げが著しい)
というのも、政権サイドに多額の献金をしている団体が、
石炭・石油・自動車といった大口資源消費を前提とする企業群だからである。
現政権のブッシュ氏も温暖化対策にはかなり後ろ向きなのも、
こうした団体の後ろ盾があってだと考えれば、
頷けないことはない。
しかしながら、世界最大級の二酸化炭素排出国であるアメリカが環境に力を入れないと、
新興国に対するインパクトはやはり薄くなるといわざるを得ない。
アメリカと同じように、二酸化炭素を大量に排出する石炭を
火力発電所として建設を進めている中国やインドに対して、
説得力ある行為ができるかどうかは、やはりアメリカにかかっている。
設備の省エネ化、硫黄分の除去などといった技術が、
政府による規制とともに進んでいかなければ、
既に進行している温暖化現象を緩和することはできそうにもない。
(今すぐ排出をやめても、既に排出されている炭素が温暖化を進める)
加えて、温暖化によって得をする国ロシアの動向も目が離せない。
北極海の氷が解ければ、資源開発・輸送に活路を見いだせるからだ。
さて、ここまで書いてきて、電力消費を通じて、
どれだけの石油資源を消費することになたのだろうか?
「使わない」こと、勇気ある選択をそろそろしなくてはならないかもしれない。 |
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