とても良い / 口コミ件数 : 4件
価格 : 660 円
内田樹という思想家は「固執しないことに固執する」あるいは「立場をとらないという立場をとる」思想家ではないだろうか。 彼がプチブレークした「九条どうでしょう?」ではその独特な切り口で「九条このままで何か問題でも?」という論を展開し一躍脚光を浴びた。日本の外患内憂という内と外の統合できない、矛盾した状況。矛盾を矛盾のまま維持しておいたことに戦後約60年の日本の平和があったというのが彼の結論だ。 この「矛盾を矛盾のまま維持しておく」こと。本書『子どもは判ってくれない 』にもその彼の思想的エッセンスが縫いこまれている。 例えば、売春の是非について。 売春という性の商品化から少女を守ろうという反対派の意見もありながら、現に売春で飯を食っているセックスワーカーの人権はどうすればいいのか?という肯定派からの反問も出てくる。 この問題への彼の提言はいたってシンプル。 つまり「セックスワークで生計を立てている女性の人権を保障しつつも、少女たちを売春から守る」ということである。いっけんこれは「何も言っていないではないか!」という気がしないでもない。現にそういっている知り合いもいる。 しかし矛盾した状況の矛盾した様をかみ締めること、それが彼の思想の根幹であるのではないだろうか。そしてさらに突き詰めていけばそれは彼が、「世界は変えられない(変える必要がない?)」という経験的認識と「変えられない世界、変えられない状況下でいかにましにふるまうか」という倫理をあわせもっているということではないだろうか。 ペシミスティックに聞こえるが、前者は彼自身あまり語らない(語りたがらない?)学生運動へのコミットに、後者は彼自身が師匠と仰ぐホロコーストを体験した哲学者レヴィナスの思想に由来していると私は見ている。卵が先か鶏が先か。両者がどのように結びついているのかはわからないが、今後も注目すべき思想家であることには間違いない。
朝日新聞の社説が誰に向けて書かれたのか、という疑問から書きはじめるあたり、上手いし、面白いし、そこだけでも買う価値があった。教養喪失についてもわかりやすく、残る文章だった。途中、短編的なものが続くのが少し残念。
マスメディアの「正論」や「愛国心」が、 薄っぺらく感じる人には、ぜひおすすめ。 なにか世の中の言説の多くがずれていると、 だが、どこがどうおかしいのか、 この本ではクリアカットにしてくれるだけではなく、 自分の中で思考のバリエーションが増えることは間違いない。
小林よしのり氏の「ゴー宣」の中に、西部邁氏の見解として「思想家というのは、村はずれから村を眺めているようなものである」とあります。 時々村人から意見を求められたら、控えめに見解を述べてみて、村人の役に立てればラッキー。「こいつ何言うてるんや」と言われれば、またすごすごと村はずれに帰って行くのだ、と。 「子どもは判ってくれない」という本は、この西部氏の見解にぴったりくるようなイメージがあります。「大変大勢の方がこのようにおっしゃっていますが、ここは一つ、このように考えてみてもよろしいのでは?」と、あくまでも静かに、控えめに。 心のどこかに、このような軸を持ちながら、目の前のことを一つ一つ考えていきたいです。