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1. とても良い |
pooh_sanさん |
書き込み日: 2004年06月03日 |
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今の日本社会につながる、構造的欠陥 |
この本を読んで一番驚かされたのは、帝国陸軍といういわゆる「閉鎖的」「超保守的」「時代遅れ」と思っていた組織が、じつは日本の現代的な組織となんら変わらない組織だった、ということである。むしろ、より進歩したと思っていた現代の組織が、帝国陸軍の構造的欠陥を今に至るまでひきずっているのが驚きであった。 たとえば本書の中に、「要領」という言葉がしきりに出てくる。「要領」というのは、一言で言えば現場を知らない本社(本書では参謀)の指示を、いい加減な員数あわせですませることである。より具体的には、10門の砲をこの地点に、いついつまでに、という指令が来れば、それは極端にいえば砲だけを持っていけばいい。砲があっても弾がなければ大砲は撃てない。陣地として機能しない。しかしそれは帝国陸軍では問題にならない。なぜなら「10門の砲」という員数はあっているからだ。 また本書は、帝国陸軍が本気で対米戦を準備していなかったという、驚きべき事実を披露している。士官学校で教官が重々しく、「今日から対米戦に重点を置いて教育する」という。しかし照れくさそうに、「何を教えたらいいのか、実はわしにも分からん」と付け加える。そして陸軍はその最後に至るまで、陸軍全体の方針として、それまでの経験を踏まえて対米戦の戦略・戦術を大転換するということはないのである。しかし掛け声だけは、「対米戦!」と声を張り上げる。なんという形式主義なのか! そしてこの形式主義は、現代の日本の組織の中で、かなり多く見られるものではないか。 本書は多くの哲学的考察を含んでいて、著者の教養の深さと、戦争という非常体験を通じていろいろなことをお考えになったのだろうということがひしひしと感じられた。後世に生きる私たちの使命は、本書から少しでも知恵を得、現在に至るまで日本社会に潜む構造的欠陥を、少しでもなくしていくことだろう。 |
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2. とても良い |
omrさん |
書き込み日: 2005年04月06日 |
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「虚構」のメカニズム |
日本軍の敗因は一言で言うと、組織論の観点からは、その科学的態度の欠如と視野の狭さに求めるきらいが多いですが、この本を読むと、問題は狭いそうした能力の問題だけではなく、日本軍は潜在的には戦争すること自体がナンセンスであることに気づいていた、いや分かりきった自明のことだったにもかかわらず、その体質・精神構造が合理的・現実的な思考を止めてしまった、という結論が見えると思います。身の回りだけの摩擦を避け、利得を優先することがどんどんエスカレートし、現実やあるべき姿から乖離していく構図が浮かび上がってきます。そしてこの精神構造はこの構図を雪だるまのように強化するのです。 著者は言います。「陸軍の能力はこれだけです。能力以上のことはできません」と国民の前に言っておけば何でもないことを、でっちあげた「無敵」という虚構に足を取られ、それに振り回されその虚構が現実であるかのように振る舞い、虚構が虚構だと指摘されそうになれば興奮して居丈高にその相手を決めつけ、狂ったように無敵を演じつづけ、万一の僥倖を頼み無辜の民の血を流しつづけた。その人たちの頭にあったものは何であろう。妄想ではないか。存在しない無敵の軍隊の実体が明らかになればすべてが崩壊することを知っていた。それが恐ろしいから虚構と神風にしがみついた。いざというとき、静かなる自信に基づいた発言ができず、神かがり的発言と動物的攻撃性で論理を封じるものに主導権を握られる。この悪循環は自分でもどうにもならなくなっていたではないか。 深い怒りとともに、「本人を死まで追いこんでいったのが、帝国陸軍なのか世間なのかと言えば判定は難しい」といったコメントに、一昔前の軍隊だけの問題と認識するに危機感を憶えます。 |
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4. とても良い |
ペトロニウスさん |
書き込み日: 2002年08月13日 |
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日本的ファシズムの生まれてくるところ |
一人の気弱で世間知らずの文学青年が、「兵役」という未だ世界中で普通にある運命に、翻弄されていく・・・・・。どちらかというと、小説を読むような印象を受けた。著者が、ミクロ的視点(自分の主観から見たもの)を積み上げて、考察していくスタイルの文体をとっているからだろう。それだけに、読みやすかった。 大戦末期に幹部候補生少尉として壊滅寸前のフィリピンで従軍した体験をもとに、「なぜ、そうのような不合理な体験がありえたのか?」を、執拗なる知的追求と、そして怒りをバネに考察が進められる。 舗装されていない何百キロもの距離を、馬でひく構造で作られた砲車で、駆けずり回る。やっと目的地に着いたとたんに設置場所変更。もちろん、馬もなければ人も足りない・・・・気合いで曳けA???¨叫ぶ参謀。次々に殺されるか倒れて死ぬ部下や仲間。そして、敵に襲われて故障したり使い物にもならない、しかも弾さえない!砲車を放棄した時点で、その指揮官は自決を命ぜられる。。。 科学的な合理性が全く欠落している、この帝国陸軍という天皇の軍隊。 しかも責任の所在が不明で、「誰が命令権(統帥権)を保持するのか」が、陸軍内部でさえ不明で疑心暗鬼になってしまう組織構造。 ・・・・カレル・ヴァン・ウォルフォレンさんの「日本権力構造の謎」をとても連想させられた。そして、日本の同じ大組織に所属する自分を省みると、戦前と全く変わってないんだな日本は、としか思えない。 最近は、小林よしのりさんの『戦争論』などの戦前の美化の傾向があるが、日本の大組織のもつ科学合理性を失い?'??°するという病を、どうにかして変えるか、もしくは暴走をコントロールするルールを日本民族の中に作り出せなければ、また同じことの繰り返しになるだけだな、と思いました。 収容所にはいると民族の秩序の作り方が如実に現れる。アングロサクソンは、どんなやつでも、すぐ自警団を組織し簡易裁判所まで形成し、ルールによる支配を作り出そうとする。なのに、日本人はすぐ暴力で秩序を形成しようとして、それが壊れると秩序が失われてしまう。自民族に絶望する・・・というセリフは、なんか痛かった。けれど、その同じ日本人が、帝国を形成し世界を相手に戦い、戦後は世界有数の資本主義の覇者になっている。日本人の権力構造は、何が強くて何が弱いのか、それをもっと知りたいと思わされました。 |
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