とても良い / 口コミ件数 : 3件
価格 : 1,218 円
松岡正剛さんの新作「誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義」 の予約待ちの間に、手に取りました。 2004年6月から7月にかけて、 松岡正剛さんが、NHK人間講座で8回にわたって講義された 「おもかげ・うつろいの文化」の講義テキストと語りを基にした本。 NHK放送時の副題は、 「日本の編集文化を考える」であったように、 「日本を編集的に見るという視点」で読み解いていきます。 全編にわたって、セイゴウ先生の謎解きに、唸ることしきりなのですが 日本のよさやおもしろさというのは、 必ずしも「自信」や「強さ」や「一貫性」にあるわけではなく、 「一途で多様な国」であったこと。 そして、それが可能となったのは、 日本が「主題の国」ではなく、「方法の国」であったゆえだろう、と。
あらためて、日本人はたくみに外国のものを日本的にしてしまう民族だと思います。そこには日本的編集性という日本人の性格が働いているようです。たくみに要約して編集するとか、変化してもそれに合わせていけるように諸機能や道具を作ってしまうこと、漢字を仮名に変えること以外にもいろんな事で、編集作業能力の発揮が古来から続いているようです。 本居宣長が古事記から「なる」「つぎ」「いきほい」そして「むすび」という編集的な過程に日本の特性を見出すところは大変面白いと思いました。また、西田哲学でも多様な変化についていけるように、変化の多様性に注目せず、多様性を見つめる基点「意識」のほうへ哲学する「場所」をもってきたというのも日本的と思われます。 レビューワーとしては合気道という武道にこの日本的な特徴を注目してみますが、合気道の比較としてみますと「外来のボクシンク」などは「力対力の対抗運動系」で「離れたスタンス」でかつ「瞬間的打撃を先手必勝」で行うことが「攻撃の要」なのですが、合気道のそれはたくみに「相手の動き」にあわせて「相手に持続的に絡みゆく平行運動系」なのです。ただ平行運動系と単純に言い切れず、古事記を語る開祖・植芝盛平を思うと「なる」「つぎ」「いきほい」そして「むすび」という編集作用が、その合気道の「平行運動を想定する型」の中に息づいているわけで、編集的であると本書を読んでから思えました。 また、これからの日本を考える上でも「日本という方法」を考察することは必要と思います。平仮名は日本の文化だと主題化とするのではなく、平仮名を開発できる思考のスタンスが日本的だと思うべきなのです。そして何故、仮名は平仮名だけではなく片仮名もあるのか考え、その二つの微妙な違いから来る使い道を、未来を予想して考え出した者の「その深謀遠慮にもつながる『細微を感受するセンス』」に感服し、そこを意識化し、諸個人はまたそうしたセンスを訓練すべきなのです。 私の関心事で言えば、アメリカ型新自由主義国家を選択するのか、それともヨーロッパ型福祉社会を選択するのかと「主題の選択」に迷うようなときにも、「日本という方法」に一度注目して編集し考え直す、そんな必要性もあるものと考えさせられました。今、日本は編集力をどれくらい発揮しているかは不確かですが、個人にしても企業など団体にしても国家にしても、そして芸術活動にしても外来の大味なパターンの選択の踏襲ばかりですし、教育界でも「学習指導要領」が大きく振り子のように主題選択をして、失敗しています。いずれの分野ももっと細かいところで換骨奪胎して編集しなおす力(センス)こそが大変不可欠だと思えます。
この本は、「編集工学」という、やや聞き慣れない独自の視点によって、百科事典的な知識の活動にたずさわってきた著者による日本論です。 NHK教育テレビの「人間講座」のテキストをもとに加筆したものですので、読みやすいです。 著者の言葉使いは独特。「おもかげ」「うつろい」「フラジャイル」「瀬戸際」 日本を語る時のその語彙の豊かさは、勉強になります。深深としています。 西洋文化の影響を受けつつ、やまとことばで世界を語れる人物。明晰に物事を割り切ろうとする合理主義は面妖。 いろんな意味で、刺激的でした。