とても良い / 口コミ件数 : 17件
価格 : 840 円
これほど堅い内容でありながら、これほど面白い本は久しぶりだった。 赤線を引きまくりながら一気に読了した。 これからも、ことあるごとに読み返すことになると思う。 特にエキサイティングだったのは、日本の官僚制を「省庁代表制」と喝破したことだ。 なるほど、日本官僚制がまったく民主的正統性を欠きながら「清潔で有能な官僚」という神話を享受できていたのは、そういう仕組みがあってのことだったのかと深く納得した。 おそらくは戦時中の国家総動員体制に発するのだろうが、省庁が国民生活の隅々まで統制できていた時代が確かにあって、それを前提とすることによって、官僚が「政治家は選挙区の利害しか代表していないが、われわれは、関連領域では日本全体の代表だ」(75p)と言うことができたのだろう。 しかし、「省庁代表制」が「代表」することができた「国民」とは、戦時中ないしせいぜい50年代までの利害集団であって、その後に発生した社会集団の利害が「代表」されることはなかった。それはまさに官僚制が民主的制度の裏打ちがない閉じたサークルであったことの限界であり、高度成長以後に発生した重要な社会集団の利害を代表することに失敗しているということが、今日における政策の「手詰まり感」「閉塞感」に直結していると考えられる。 極めて明晰な分析と、有用なキータームを提示してくれることにより、色々なことを考えさせてくれる、本当に刺激的な本である。文句なくお勧めしたい。
日本の統治構造を議論する時には、硬直的だとか、一党独裁だとか、官僚支配だとか、とかく批判的な言質が目立つこの御時世、本書は、かなり異彩を放っています。 そもそも、議院内閣制と大統領制のどちらが首相の権能が強いのか。日本の統治構造は国際的に見て三権分立といえるのか。まず、本書は、歴史や国際比較といった、少々頭の固い話題から入って、日本の姿を洗い出していきます。 その次に、官僚と政治家の間、与党の内部、官僚と政治家と利益団体、というように、徐々に分析の対象を広げ、日本独特の政策決定過程のありのままの姿を描き出していきます。 外国の思想と単純に取り入れるのではなく、政治や行政の内部事情を知らないままのワイドショー的な放談でもなく、現場の実態を積極的に取材し、学術的な分析を加えた上で、今後の在るべき姿を展望する、真に地に足の着いた議論が展開されています。 お勧めです。文句のつけようがありません。
本書は日本の政治構造がいわゆる「議員内閣制」ではなく、「官僚内閣制」であることを指摘した好著である。本来の議員内閣制の趣旨から言えば、国民の民意は、有権者(選挙)→議員(首相の選出)→首相(大臣の任命・組閣)→大臣(行政の執行)→官僚(大臣の補佐)という一本の線で国政に反映されるわけであるが、筆者によると日本の現状はそうではないことになる。 そこには自民党政権の長期化、派閥力学による首相選出、党の意向や当選回数による大臣任命、そして官僚の代理人となる大臣、といった要素が議員内閣制本来の制度を歪めている現状が指摘されており、とても興味深い。また内容の割には読みやすく、初学者にも十分理解できる。
え!?、日本って「議院内閣制」じゃなかったんですか!? 「大統領」よりも、「首相」の方が、強いんですか!? 教科書程度の政治の知識しかないわたしにとっては、まさにまさに”目からウロコ”の連続でした。 日本の政治システムを、歴史的に、また、海外と比較をしながら解説。 政治腐敗の原因が、個人的資質もさることながら、「しくみ」にあったということがよく分かります。 最後には、よりよき制度改革に向けた著者の提言もあり、なるほどな〜、と興味深く読了。 とっつきにくそうに見える表紙ですが、文章は決して読みづらくはありません。 相当に読み得な一冊。ほんとうにオススメです!!!
本書は我が国の戦後の統治構造について、具体的に「議院内閣制」の観点から、「政治」の権能についてのあり方を解明し、現代におけるその限界性と今後の方向性を指し示した労作である。特に「議院内閣制」の本質的権能から、戦後の日本政治・政治体制について「官僚内閣制」としての構造を解明した点は見事である。 本書においては、大統領制や議院内閣制の政治体制を、各国の文脈において比較しながら、我が国において議院内閣制でありながらも、「政権交代のありうる選挙」が存在していなかったために、国民から議会、議会から内閣、内閣から官僚といった「権限委任の連鎖」が不在であったことが、決定的特徴であるとしている。 このため、「政治」そのものの政策決定力及び実行力が欠如しており、ゆえに、本来執行機関でしかない官僚組織が政策立案から実行までを行い、「政治」はむしろその分配権限としてしか機能してなかったことが明らかになっている。おそらくは、こうした「政治」のあり方は、著者も指摘するように、高度成長期において予算額や政策そのものの規模が拡大していく、極めて特殊な時代環境においては機能した側面もあったが、そうした環境が消滅した現在となっては機能不全の根源ともいえるべきものだろう。 このため、我が国の「政治」を現代に適合した制度にするためには、国民の「政治」そのものへの意識の改革も不可欠であろう。すなわち、従来までは、政権選択から遠ざけられている中で、本来的に正統性を持たない官僚が政策を実行していたところ、それに対する外部的な評価・批判を展開していれば事足りた。しかし、むしろ政権選択の機会が与えられることによって、自らの主体的選択や責任が問われることになるという意味からも、「当事者意識」や「責任感覚」が国民の間で芽生えなければ、その機能不全は修復不可能な段階にまで至るのではなかろうか。