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セーフティーネットという言葉の重さを噛み締める本。 |
かつて政治家でもあった著者がまさに決まり文句(山本氏だけでなくね)のように主張していた「セーフティーネットの構築によって安心できる社会を」という言葉について、そのような綺麗なスローガンでは見えてこない悲惨な現実と向き合うことで、同じ「セーフティーネット」の必要性を説く言葉でもここまでも読む、あるいは聞くものの心を打つかということをまさに言葉の力の一つの側面を教えてくれる一冊。
法改正によって法的(それも加害者としてだけど)に障害者は正常者と同等の扱いを受けるようになったが、それは正しかったのだろうか?と人としての尊厳を確保するのは建前としての平等よりも福祉、形式的平等ではなく実質的平等があって始めて現実的でありえるのではないかという結論に否応なく至る。…たとえそれが差別の固定化に繋がる恐れがあるとしても、やはり別の世界を生きているのではないかと。このことは昨今39条の廃止を巡る言説についても敷衍化可能な部分でもあろうと思う。
しかし、ドラマなどでは純真無垢な存在として描かれがちな障害者の綺麗ごとではない、もう一つの社会(ここは是非読んで衝撃を共感していただきたい部分なので避けます)の暗部、翻ってこの社会の冷淡さをとことん突きつけられたとき、この国とはなんなのかと考えざるをえなくなる、目を逸らさずに読まなければいけない一冊であることだけは断言できます。
しかし、今こそ山本譲司氏は政治家たるに相応しいというか、是非とも政治家になって欲しい人材となっている。しかし、皮肉な話のようで本来政治というものが弱者の声を掬い取るものだとすればまさに当たり前のことなんですよね。これが代々の政治家、苗字が同じであればポチでも当選できそうな地盤を有していれば、禊を経たなどと容易に復活できたであろうことを思うたびに嘆息してしまいます、秘書給与の流用という罪自体が本当に軽微なものなだけにね。 |
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