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新たな金融市場理論を求めて!―ソロス氏の深い哲学的思索の含意とは何か? |
かつて読んだ1998年刊行の『グローバル資本主義の危機』の魅力にひかれて、彼の最新書を手にとった。2007年8月以降のサブプライム住宅ローン危機によって、米国経済のより一層の脆弱化・不安的化が懸念されるなかでの緊急出版書(2008年)だ。原著タイトルの主題は「金融市場のための新たなパラダイム」。本書は全二部構成で、第一部は「危機の全体像」、第二部は「分析と提言」と題されている。冒頭に置かれた松藤民輔氏による「解説」と巻末の「訳者あとがき」も有益な内容が語られている。
投機家・慈善家としての知名度のほうが圧倒的に高いソロス氏ではあるが、本書の第一部などを丹念に読むと、市場の自動調節機能を絶対視する(誤った)立場から規制撤廃を強く主張する市場原理主義とそのイデオロギーを基盤とする新古典派均衡理論による金融市場論に代替しうる新たな概念枠組み(パラダイム)の構築に、著者がいかに粘り強く哲学的に探求を重ねてきたのかがよく理解できる。著者が「根本概念」として強調しているのが「再帰性(別訳では「相互作用性」)」であり、それは「参加者の思考と、参加者がまさに参加している、ある状況との間の双方向的な関係を説明する言葉」(50-1頁)だ。ソロスはこの概念と、「人間は誤る運命にある」ことを指す「根本的な可謬性」によって、自然科学と社会科学との根源的な違いを説明し、方法論の単一性の原則が孕む問題点を鋭く指摘する(134頁)。1980年代において、アカデミズムの世界のみならず政策現場でも席巻をきわめた、合理的期待理論やマネタリズムの不毛性をめぐる諸批判も説得的だ。第一部の最終部分では、「現在のパラダイムは、既知のリスクのみを認めており、自らの欠陥や誤解がとんでもない結果をもたらしうる可能性を受け入れようとしない。その傲慢さこそが現在の金融危機の根っこにあるのである」(138頁)と喝破する。人生の大半を国際金融市場と対峙してきた著者ならではの認識ではないか。
第二部で最も興味深く感じられたのは、「超バブル仮説」や「政策提言」を行った諸章ではなく、第6章の「私はいかにして投資家として成功したか」という、戦後金融経済史を平易に説明した章である。金融経済に関する知識がない読者でも、じっくりと読めば、おおよそのことは理解可能であるくらいの明快さと面白さが特徴的である。アメリカを支配大国(覇権国)とする世界経済秩序の構図が今後どのような変貌を遂げるのか、その正確な診断を下すことは困難だが、ヨーロッパはもちろんのこと、中国やインド、中東産油諸国との連動性を踏まえて展開されるソロスの考察は刺激に満ちている(日本についての言及がほとんどないのは、「解説」も述べるごとく残念)。サブプライム問題解決(緩和?)のために初めて公的資金が注入されたとさきほど報じられたが、事態が沈静化するのはまだまだ先になりそうである。いずれにせよ、ソロス氏の直感と深い洞察力、そして示唆に富むリアリズム論から学ぶべきことは多いに違いない。注目に値する「警告」書だ。
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