とても良い / 口コミ件数 : 13件
価格 : 798 円
目的のためには手段を選ばない、目的は手段を正当化するといった意味の「マキャヴェリズム」、権謀術数に長けた人を指す「マキャヴェリスト」の語源となった、著者ニッコロ・マキャヴェリ(本書ではマキアヴェッリ)が、当時、彼が住んでいたフィレンツェの統治者に献呈した、上に立つ者の在り方、国の保ち方、民の治め方などを書いた、政治学の古典として名高い名著。 「マキャヴェリスト」という言葉のせいか、著者にはあまり良いイメージを抱いていなかったのですが、本書を読んでそれが少し変わってきました。民を治める者は時と場合によっては悪人になるべきとか、新しい領土を得てそこを長く保つためには、前統治者の血縁を皆殺しにすればよいなど、確かに厳しいことも書いてあります。が、これらは過去の例をいくつも挙げていることからもわかるように、マキアヴェッリが初めて提唱したものではなく、大昔から何度も何度も繰り返し行われてきたことをマキアヴェッリがまとめたに過ぎないものです。美辞麗句を並べるよりも、たとえ冷酷と思われようとやらなければならないことはやるべきだという徹底した現実主義者マキアヴェッリの姿が見えてくるような気がします。 あまり良くない意味でマキャヴェリストという言葉が使われだしたのは、おそらく本書に書かれているモーゼのことが気に入らなかった教会のせいではないでしょうか?(マキアヴェッリの著作は本書しか読んでいないので憶測です。他の著書にその原因があるのかもしれません) 本書、講談社学術文庫版は、本文に入る前に前書きとして、『君主論』が書かれた当時のイタリアの政治情勢やフィレンツェの状況が簡単に説明されているので、マキアヴェッリが、なぜ、誰に対して、どのような思いで書き上げたのか、『君主論』を読み理解するのに多いに役立ちます。欲を言えば、もっともっと詳しい説明解説をつけてほしかったです。
この本は名前の通りの本です。イタリアである王様が即位したとき。マキャべりという人が「このような、たいへんめでたい席で。本来ならとっておきの宝物をお贈りするべきでありますが・・・。」といった感じで王様に贈った本です。時代背景を少しで構わないので知っておきたいところです。ただ、理論は非常に的確かつ鋭いです。まさに帝王学。君主を社長と読み替えても面白いかもしれません。なかなか現代にも通じるところがあると思います。
中国や日本の古典は 経営者にもよく引用される。 「孫子」「五輪書」「論語」「日暮硯」等 いくらでも例は挙げられる。西洋の古典は 余りビジネス雑誌に出てくる事も無い。その中で 本書は健闘している。 マキャべりというと 元来悪いイメージが付きまとってきたのも日本である。性悪説に基づいた冷徹な「嘘つき」というようなイメージかと思う。僕もご多分に漏れず そんな先入観で一読した。 とんでもない。マキャべりは「人間とはどういう動物か」を語っているに過ぎない。 彼には「人間の善悪」というものは無い。善い悪いは抜きにして ただ 「人間とはそういうものだ」という彼なりの冷静な分析を披露しているに過ぎない。その意味では科学者が実験の結果を報告しているだけと同じだ。但し そこに分析されている人間の姿が 我々にとって 時には辛辣であることが 科学者マキャべり自身の評判を悪くしている。マキャベリにしたら迷惑な話だ。 「いかなる手段も 結果さえよければ必ず正当化される」 「人は恐れている人より 愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つける」 こんな言葉は否定出来ない。吉田兼好が読んだら大声で笑って 徒然草に引用したに違い無い。 「辛いのは中傷でなく真実である」とは 誰の言葉だったか忘れた。 マキャべりへの毀誉褒貶の原因は 彼の本に含まれている 苦い真実である。「苦味」が美味しいのは麦酒だけではない。
他の勢力と結託して保護されている団体は、危うい。もし団体を守りたいなら、団体それ自体に由来する力を増強するしかない。 雇われて味方をしてくれている“傭兵隊”は、都合が悪くなれば雲散霧消するか、裏切って敵対勢力にさえなりかねない。 団体の持つ潜在的影響力が強大であればあるほど、他の勢力はその力を恐れ、弱体化させようと企むことはあるにせよ、一時的に味方をしたからといって“恩”を感じることなどない。 「自らが自らとして強くなれ」。マキアヴェッリは他人に頼ろうとする甘さ、他人に恩を売っていると勘違いする愚かさ、自らの力を不用意に誇示する危険性を鋭く指摘している。
難解と言われている君主論がスッと頭の中に入ってきました。佐々木先生の翻訳が良いのでしょうか。字も大きいですので、お勧めの版です。