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シュリーマン旅行記清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))

シュリーマン旅行記清国・日本 (講談社学術文庫 (1325))

とても良い / 口コミ件数 : 19


価格 : 840 円





クチコミReview一覧
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口コミ件数:19 1 2 3 4 次ページ
1.  とても良い 英太郎さん 書き込み日: 2008年04月06日

本を開けば、一気に1865年の江戸の町へワープ!

 1865年、江戸末期の日本。当時の日本について私がおぼろげに知っていたことは、教科書に書いてある非日常的なことや、時代小説の中の想像の世界に限られていました。しかし、シュリーマンが書いたこの旅行記は、私達を生きた江戸時代へそのまま運んでくれる、まさにタイムマシンです。秀逸な和訳(原文は仏語)による所も大きいのでしょうが、細やかで読みやすい描写が当時の日本人の息づかいや体温まで生き生きと感じさせてくれます。

 日本を訪れたことのある知人達から何度もその素晴らしさについて聞かされていた著者は、日本へ行くことを永年夢見ていました。類まれな商才と語学力を生かし、やがて世界をまたにかける貿易商として成功、巨万の富を築きます。そして、その潤沢な資金を元に、43歳の時に世界漫遊の旅へ出発し、ようやく念願の日本へ。今この稀少な見聞録を手にしている私達にとって幸運だったのは、この著者が旺盛な好奇心、執拗な探究心、さらに異文化を暖かく受け入れる広い心の持ち主だったことです。

 日本に滞在した期間はほんの1ヶ月程度だったようですが、その取材力と行動力は驚嘆に値します。聞くもの見るもの全てに興味を示し、それらをなるべく克明に記録に残そうとしています(雑貨類の細かい寸法まで!)。そして何より興味が尽きないのは、そんな著者の暖かい目に映った、純粋で愛すべき私達の祖先の姿です。貧しいながらも清潔で配慮の行き届いた生活ぶり、外国人である著者に無邪気な好奇心をあらわにしつつも懇切丁寧に接する町の人々、また決して賄賂を受け取ったりしない高潔な役人たち。銭湯が全て混浴で、性に対して大変おおらかな国民性に著者が新鮮な驚きを感じるあたり、いつしか自分もこの外国人著者と同じ視点に立ち驚きを共有していることに気づかされます。

 そして読後に残る、心の痛み。それは、かつて存在したそんな日本と日本人の美徳に対する喪失感に他なりません。



2.  とても良い くまさん 書き込み日: 2001年02月23日

もっとも面白い幕末日本旅行記

今日はこの本を読むどころか買う予定はなかったのだ。いつもは講談社学術文庫なんて、途中で投げ出してしまうのだから。しかし、今回は違った。たまたま読み始めると、寝る能わず、とうとう読みとおしてしまった。シュリーマンは『古代への情熱』で知られる有名な考古学者であり大実業家である。その彼が明治維新の三年前に江戸にきていたなんて。しかもその叙述は今まで外国人がかいた幕末日本の著書のどれよりも的確でやさしくて、発見に満ちているのだ。それは彼が自由でそして短期の旅行者だったからだろう。そしてそれ以上に彼が優秀な社会学者だったからであろう。たとえばこんな叙述がある。「私は、民衆の生活の中に真の宗教心は浸透しておらず、また上流階級はむしろ懐疑的であるという確信を得た。ここでは宗教儀式と寺と民衆の娯楽とが奇妙な具合に混じりあっているのである。」彼は浅草観音寺の絵馬に花魁の姿絵があることに驚き、あらゆる娯楽がこの寺の周りに集中していることを観察してそういう結論を下しているのだが、まったく鋭いといわざるを得ない。あるいは浅草の大芝居を見ていて、詳しい描写があって、当時の芝居の内容を的確に伝えているが、(その内容も今では上演されていない歌舞伎なので面白いが)男女が平等に芝居を楽しんでいる様子を読み、当時の町人文化の様子が分かり面白かった。当時のいろいろな物価を細かく報告していたり、中国や、ヨーロッパとの比較を何の偏見も持たずにしていたり、愛宕山や、団子坂から見える江戸の風景を見事に描写していたり、本当にいろいろな発見がある本である。

訳者の石井和子氏はこの本の翻訳のために現地調査を念密に行っており、図版も多く、非常に分かりやすいものになっている。シュリーマンの訪ねた江戸をテーマに小旅行をしたくなってしまった。



3.  とても良い クリエイティブFMKTG田作健一さん 書き込み日: 2005年05月18日

これは必読ですね

シュリーマンが幕末の日本を探訪していたという事実は恥ずかしながら知りませんでした。考古学者である彼の視点から捉えた当時の日本の描写は実に興味深い。現在の日本人が当時の日本人のことをかなり「誤解」しているような気がした。こうした客観的な記述は実に新鮮で、頭が非常にリフレッシュされる。
浅草寺の件など日本の民衆の風俗などに言及した部分は非常によい。



4.  とても良い Fumiさん 書き込み日: 2008年03月15日

日常生活の細部にまで目を止めたシュリーマンの観察眼

著者のシュリーマンはトロイア遺跡の発掘をしたことで有名な人だが、彼は考古学を勉強して遺跡の発掘をする前は、とても成功した貿易商だったらしい。そして、インド、香港、上海など現在の中国の都市、日本を廻り、さらにサンフランシスコ、ハバナ、メキシコを経てパリにしばらく滞在した。この長い旅行の間、シュリーマンはずっと旅行記を書いていて、この本はその一部ということになる。まずは清の北京と上海を訪れた時の日記があり、それから横浜、江戸の様子が描かれているが、外国人を迎える現地の人の様子なども国によって少しずつ違うのが面白い。特に当時の中国の様子と比較することで、ある出来事が当時は一般的だったのか、それとも日本に独特のものだったのかが分かるのが良かった。文章も、講談社学術文庫という硬いシリーズにもかかわらず、とても平易で読みやすく、一気に読み切ってしまった。

シュリーマンは日常の本当に些細な点にまで目を向けていて、そこが面白い。日本人の宗教観については他のレビューで触れられているので省くが(彼の観察眼には驚かされる)、市民が毎日入浴していることにも感心しつつ、それにも関わらず日本には皮膚病が多いことに気が付き、その原因を魚を生で食べていることだと推測してみたり、日本人が酸っぱい味を好むので、果物は青いうちに摘み取られ、熟した果物や野菜には関心を持たないと記述している。また、最後にはとても短いがシュリーマンの日本文明論が述べられている。封建体制の抑圧的な傾向を指摘するなど、短い滞在にも関わらず、彼は日本の中に渦巻く目に見えない雰囲気を感じ取っていたようだ。

シュリーマンが清国と日本を訪れたのは1865年5月から約4ヶ月間。日本は大政奉還の直前で欧米諸国への反発も大きく、外国人を取り巻く情勢はかなり不穏なものだったようだ。物珍しいために、みんなが寄ってくるというのもあったが、とても1人で街歩きが出来る状況ではなく、当時はアメリカ以外の国は領事館を江戸ではなく横浜に置いていたらしい(1863年には英国公使館焼き討ち事件が起きている)。何とかつてを駆使して江戸のアメリカ公使館を訪ねることに成功したシュリーマンも、常に5人の役人に付き添われている。そんな限られた自由の中で、ここまでの観察(目で見るだけでなく、様々な人に沢山質問をして色々なことを知ろうとしたのがよく分かる)が出来たことには本当に驚かされる。

最後に、この本の中にはF・ベアトの「幕末日本写真集」から大名屋敷の写真が1枚紹介されている。この本を読む前は知らなかったが、彼は当時の日本の写真を多数撮っており、写真集は現在も入手可能。この本と照らし合わせながら写真集を堪能するのも楽しいのでお勧めだ。



5.  とても良い junior-sanさん 書き込み日: 2007年02月24日

自らで育んできた文化はどこへ・・・。

まず何よりも日本人でもなく、過去につきあいの長かったアジア系の国の人でもなく、
ヨーロッパという全く文化の異なる国の人による江戸時代の描写というのは非常に
貴重である。さらにシュリーマンは数多くの国を訪れた経験があり、話す言語も各国の間
を行き来しやすくなり、学ぶ機会が増えた今でさえそんなに話せるのかと思うほど多言語
を話すことができ、異文化に触れることになれた人である。そのような貴重な資料が手軽に
読めることにまず感謝したい。

シュリーマンは奇異に感じたことはばっさりと批判しているが、だからといって中国の文化を
すべて否定するわけではなく、劇場での劇のすばらしさ長城から見た景色の雄大さは世界でも
一番だとしている。文化に体当たりで触れてみて素直に自分の育ってきた文化との違いや感情
を表現している点が、彼の視点からのありのままのアジア文化を表現していておもしろい。

日本はその清潔さもあり批判的、否定的な記述はほとんどなくべた褒めされているような気分に
なり少し嬉しかった・・・が何とも皮肉なことに褒められた当時の文化は今の押しつけられた
文化ではなく、自分たちで長年育んできたありのままの日本だということがいかに現在の日本が
文化的に廃れてしまったか、とうことを認識させた。

それに関連して西洋文化を結婚までも”モノ”に支配されていると批判している点は非常に
興味深い。日本があまりの家財道具や土地等のいわゆる”モノ”を必要とせず、かといって
芝居や工芸品はよいものがあり、人々が豊かに生活していることに強い衝撃を受けたのだろう。


シュリーマンは不正確なものもあるが数字を使い身の回りのものを記述している。
それは自らの記憶を鮮明にしたかったのか、考古学的にも数字で記述しておいた方が後生の役に
たつと考えたのか、どちらにせよそれにより現実味をおびている。



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