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3. とても良い |
maha-raoさん |
書き込み日: 2003年04月09日 |
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普遍史から世界史へ |
普段なにげなく使っている「世界史」が、実は「普遍史」(簡単にいえば聖書に出てくる記述の年代を確定しようとする試み)に取って代わったものだ、ということがよくわかる。逆から言えば「世界史」には普遍史という前史があり、世界史は普遍史のしっぽを引きずっている、ということだ。 世界といえば本来地球上のすべての土地を意味するはずだが、世界史の場合はそうでない。「世界史」を形成するものは歴史認識者の視野に入ったものだけである。(ヘロドトスや司馬遷が書いたのも世界史である) 今日「世界史」と銘打って出版されているものは歴史がシュメールに始まることを承認している。これは、世界史に幾多の修正がほどこされようとも、基本的には聖書の地に起点を置く「普遍史」の枠組みを踏襲していることを意味している。小著ながら世界史の認識枠組み自体を反省し、意識化することを迫るものだ。 そんな理屈を捏ねなくても、ニュートンがアリウス派であったことなど、興味深い記述が随所に鏤められている。 |
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