良い / 口コミ件数 : 47件
価格 : 540 円
アニメの「朝比奈ミクルの冒険 Episode 00」を見た人は、本書を読むと良い。 「涼宮ハルヒの憂鬱」を読んで、内容がよくわからなかった人は、アニメを見るか、「溜息」と「退屈」まで読むとよい。そうすると、涼宮ハルヒが、傍若無人なのに、反面いかに常識人かがわかる。 自己中な女性が嫌いな人は、いくら読んでも内容が見えてこないかもしれない。 しかし、自分の母親、姉妹、娘、配偶者で自己中(心的)な人がいて、それでもなおかつ、家族のためになっている人がいるなら、話の本筋が見えてくるように思う。 朝比奈みくるのぼけキャラぶりも、時間移動の制約上必要条件でかもしれない。時間移動の制約上の必要条件に気がついていない朝比奈みくるに対して、涼宮ハルヒが自分の能力に気がついていないというのも、能力の制約条件かもしれない。 自主制作の映画を内容が、作中劇として設定の無理がないという根拠のは、涼宮ハルヒの常識に由来しているのだろうか。 上に立つ人が、いかに自己中であっても、常識人であればよいことの典型かもしれない。 自分の能力について気がつかずに純粋な人にだけ、本当の能力が与えられるのかもしれない。 涼宮ハルヒのおもしろいところは、回数を重ねれば重ねるほと、見つかってくる。 2−3回読んで、つまらないという判断をする前に、 アニメ(DVD)を見るのもよいかもしれない。 全作品を流れる、人間性について、理解できるようになるかもしれない。
まず最初に、このレビューはハルヒシリーズに 少しでも触れたことのある人を対象に書きますので、 全く知らない!という方には一切何を言っているのか…ということですのでご了承下さい。 この「〜溜息」は、他のレビューでもある通り、評価が低くされがちです。 ただし、それは直接的に「おもしろいか、おもしろくないか」の評価であり、 正しくもありますが、私的には「違うのかもしれない」とも思います。 どういうことかと端的に言いますと、下地だと思うのです。 自主制作映画という題材を元にしながら、 各キャラクターの特性や属性、長所や短所、関係などを描いています。 ですので、それは読み手によっては展開が遅いとも取れますし、 同じようなことを何度も表現しているとも取れます。 しかし、この作品が生きてくるのはこの先です。 あの時(つまり「溜息」のとき)、あんなだったキャラにこんな変化が… あの時こうだったのに、今はこんな関係に… といった具合に、この作品があるから、この先の作品が立つのだと思いました。 元々読みきりのつもりで書かれた「憂鬱」が、シリーズ化するにあたり、 結果的に見ると改めて書かれたこの丁寧な下地は必要だったのではないでしょうか。 この先の作品にも☆5を付けているのですが、 これを読まず、その他の作品に☆5を付けたかと聞かれると、 もしかしたら違ったかもしません。 そういった意味で、私にはこの作品にも☆5の価値があるのです。 他のハルヒシリーズを読まず、これ1本だけ読むという人にとっては… まぁ恐らくいないでしょうが、☆1〜3とかぐらいかな?
シリーズ中では現在のところ必ずしも高く評価されていないが、 実はきわめて面白い作品である。 その理由はハルヒにおいてはライブ事件による心境変化以前、 他のSOS団メンバーにとっては消失以後(「分裂」でのキョンの言葉では クリスマス以後)に一変する人間関係以前の話であり、お互いに対立し ぶつかりあっているからである。 すなわち、最強の切り札の長門は傍観、古泉とみくるは対立し、 ハルヒは傍若無人にしてセカイの危機を意図せずに進行させる。 ここまでの危機は他になく、スリルという意味では全シリーズ屈指である。 キョンが最後に下した決断とオチもなかなか見事であろう。
涼宮ハルヒのシリーズはライトノベルとその一部をアニメ化したTVシリーズ、TVアニメを時系列に再構成したDVDシリーズその他があるわけで、どういう順番に読視聴したかにより、ずいぶん印象が違うのかもしれません。 でも、通常の人間には、1通りの順番しか経験できないので、検証はできないんですよね。 私は、TVシリーズは視ていなかったので、まずDVD1巻を視て、それから「憂鬱」「溜息」「退屈」の本を読み、それからDVD2〜7巻と「朝比奈ミクルの冒険」を視て、その後、「消失」「暴走」「動揺」「陰謀」「憤慨」の順に読み進めました。 これは、結果的にうまく作品群を楽しめる順番だったのではないかと思っています。 涼宮ハルヒの本とDVDは、タイムパラドックスと多重世界の要素がうまく取り入れられた青春SFとして、とっくに中高年になってしまっている私でも楽しく読め、視聴できるシリーズとなっています。 この「溜息」は、レビューを見ると、低く評価している方が多いようですが、私はシリーズ中でもかなり重要性の高い巻だと思いますし、面白く読めました。 「溜息」は、自主制作映画?「朝比奈ミクルの冒険」のメイキングストーリーという形をとって進みますが、アニメ放映順の都合なのか、「朝比奈ミクルの冒険」はアニメDVD化されているのに、「溜息」がアニメ化されていないのが残念なところです。 「憂鬱」と「退屈」はけっこう原作に忠実に京都アニメーションがアニメ化しているので、DVDだけしか視ていない方には、むしろこの「溜息」だけでも読んでいただきたいと思うくらいです。 もちろん、このシリーズのファンとしては、せめて「憂鬱」「溜息」「退屈」を経て(この順番が良いと思う)「消失」までは読んでほしいと思っている人が多いと思います。私もその一人です。
1巻(憂鬱)は、楽しい事が無くてストレスが溜まると、異次元空間が生まれて謎の巨人が街を壊しまくる…という話だった。 2巻(溜息)は、ハルヒが文化祭用の映画を撮影する話で、彼女がストレスを溜めない為には思う存分映画を撮らせるべきなのだが、ハルヒの願望が「現実改変能力」を発揮して周囲に「SF映画の特撮効果」を実体化させてしまう。という、ジレンマ解決に奔走する話。 SOS団の団員「古泉」は「この世界は3年前にハルヒの心が生み出したもの」という仮説を支持する「機関」のメンバーだが、その仮説によると、3年より前の出来事は、初期設定のようなものだという。 ハルヒが常識ハズレなことを思い込むと、それは「設定を書き換える」ような効果を発揮して、どんな非常識も現実化してしまう。映画制作に熱中してSF・特撮的なことを考えると現実が歪む。 「ハルヒの気が済むように映画を取りつつ、現実を守る」にはどうすれば良いのか、ということに、SOS団のメンバーが振り回されるが、超古典的決着を見るのがミソ。 SFを読んで長い人なら、ふふ〜ん、と納得できるような方法で。 後続の作品への流れの中での位置づけとしては、「ハルヒがその気になるとここまで無茶苦茶な事が起きる」という設定のためにあるような話。 ネット批評を眺めると「あまりにもわがままが過ぎて荒唐無稽」という批判を目にするけれど、そんなわがままな彼女をキョンがどう受け止め、御していくのかと言うこの先の話を面白くする為には必要な話で、つまり敵は手ごわいほど面白い、と。 ストーリーは「行き当たりバッタリの素人映画制作」の話だが、個々の断片は「どこかで見たようなSF・アクション映画のパロディー集」としても楽しめるので、どれだけネタ元を見極められるか、映画好きにはそれも楽しい。 思いつきで撮影して編集で作り上げるのだ、というハルヒの言い分は、どこかの「香港映画の巨匠」みたいで、ハルヒなら本当にやりそうでドキドキものだが、キョンの立場ではひたすら頭が痛いだけなのが、これも笑える。 ところで、この作品はSFの古典を下敷きにしたネタが頻出するのだが、 「長門有希は宇宙人(情報統合体)の有機端末」だ、という設定は、とっても SFだ。 ただの萌えアニメならば、「萌えキャラの宇宙人」として済むところを、肉体も無く人間とは全く意思疎通の出来ない純粋情報の塊りである宇宙人が、人間を観察する為に創り出したコミニュケーション装置としての、人型端末。 …という設定によって、宇宙人は人間と同じ姿をしているはずが無い、というハードSFの常識(約束)を守りつつ、人格的には未完成で無口、そのうえ「萌えキャラ」であることの必然性を有することになった。 人類、しかも高校生男子と協調して作動する為には、相手の「仲良くしたい、守ってあげたい本能」を刺激するのが効果的、効率的だから(笑)