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価格 : 819 円
タイトル通り金融権力について書かれた新書です。金融工学、サブプライムローンと経済学者が考え出さずに数学者が考え出した理論を具現化することによって金融工学が発展してきました。本書では過去の経済学者ケインズ、ヒックスおよびフリードマンを取り上げて金融について鋭く考察しています。ヘッジファンドなど今ではお馴染みの用語も批判的に考察されており読む物を引きつけられます。本書を読んで金融のからくり、そしてそれが如何に理論的根拠の無い物に基づいているのかがわかります。サブプライムローン問題で知識を得たい方には必読の書物です。
タイトルの「金融権力」を端的に述べた箇所を引用 「金融権力」は一種の「構造的権力」である。目に見える剥き出しの力を行使するものではない。しかし、ただ存在するだけでほとんどの組織がこの構造的権力の意向に沿おうとする。もし権力の意向に逆らえば、その組織は社会的に抹消されてしまうからだ。(本書P.39) 新たな生産の現場に資金を融通する本来の「金融」はもはや各種証券化手法の発達に代表される様なリスクの転売に成り下がったと説き、そのシステム自体が内包する権力性に対して警鈴を鳴らしている。 資本主義を公正なものとして成り立たせている一つの土台に現代の会計制度がある。株をやった事がある方や、財務諸表が読める方ならわかると思いますが、企業は財務諸表上の各種指標(純益、売上高、営業利益、ROEやROA等)を最大化する事が価値を生み出し、社会に利益をもたらしていると社会的にコンセンサスが得られている。だから利益の上げられない株式会社は存続そのものに意味が無いとされる。 しかしこの会計指標を土台に更なる発展を遂げたのが現在の金融システムであって、デリバティブの価格算定やファンダメンタル分析による適正株価算出、更には一般の人にとっては容易に理解し難い各種指標や計算式等の金融工学というものが社会の上層部のこの業界の人々にとっては認識されている。 モノを作ったりサービスを提供したりといった企業の社会的な意義等を計る為の指標である会計制度上の一つ上のレイヤーに上記の様な金融理論というものがあって、それらはおそらく理論的には整合性をもっていて、それら指標を最大化させる事が社会的な利益になるという認識を金融業界の上層部は持っているのだろう。ヘッジファンドやプライベートエクイティ等は会計制度上にあるこのレイヤーの理論を駆使して、自信を持ってその企業の歴史的、文化的、社会的な文脈を無視した敵対的買収や交渉に臨んでくるのだとも思う。 各種メディアで日々騒がれるサブプライムは実態経済を振り回しているし、原油高騰等一体どんだけ金融システムに振り回されるのかと困惑するばかりだ。学生の希望する就職先No1に外資投資銀行等が挙げられるのはある種仕方が無い。システム的にそこにいるのが一番利殖に打って付けで、得する様になっているからだ。 大雑把な叙述でお恥ずかしいですが、現在の金融システムの構造を精緻にメスを入れる様な論客が出る事を期待したいと思ってます。本書は現在の金融構造の問題点を認識し、歴史を踏まえ将来の展望を見渡すのに良いかと。
原油先物価格の暴騰を報じるとき、メディアは「投機的資金の流入により云々」と眉をひそめはする。しかし生活基盤が投機により脅かされることに対して、誰も異議を唱える言葉を続けようとはしないことに歯がゆい思いをしていた。何故このような理不尽かつ暴力的な状況に対し、我々はNOを突きつけることすらできないのか、と。 著者は「原油先物投機を規制することは無知蒙昧の仕業なのだろうか。必要なことは庶民の普通の常識的な生活感覚を忘れないことである」と明言する。金融の自由化は金融市場に群がるグローバリゼーション教の教徒達にとっては重要なテーゼかもしれないが、ガソリンや食品の値上げを押し付けられるだけの「部外者」が有難がらなければならない理由は何一つない。本書は少なくとも直接金融へのシフトに際して「お金は銀行へ預けるな」などと「庶民を啓蒙する」だけの人種には眉に唾して望む必要があることに気付かせてくれる。 同様に「統計確率論的方法の経済学への適応領域は極めて限定的である」(ヒックス)。先端の金融工学理論が如何に精緻を極めようとも、それ自体、世界人類の福利はもとより、より限定された市場の安定的成長にすら寄与するものではない。著者が「ノーベル経済学賞」の権威の正当性について疑念を呈するのも深くうなずかされるところである。 本書は主にサブプライムローン問題を題材にしながら、一方で戦後から現代までの金融の変遷を位置づけることで、二つの重要な事実を指摘する。一つは「マネタリストの失敗」であり、もう一点は「ドルの失権」である。特に後者について、堂島米会所の崩壊過程と現在の原油先物やサブプライムの状況、そして進行するドル安が如何に酷似しているか、という指摘は重大であり深刻だ。 著者の近著はどれも必読であるが、岩波新書という手に取りやすい形で重要な問題提起がなされたことを喜びたい。
サブ・プライム・ローンの摩訶不思議な論理の解明に始まって、NPO銀行とかグラミン銀行という新しい金融システムの可能性にまで及ぶ、一貫して庶民の立場に立った金融論である。 いわゆる「証券化」の発端は、1971年のニクソンの「ドルと金の交換停止」に始まるという。その1年後、あのミルトン・フリードマン肝いりのシカゴ先物市場が誕生し、やがて金融工学の出番となる。「ブラック・ショールズ・モデル」の開発者がノーベル賞を獲るが、LTCMの破綻、ヘッジ・ファンドの横行、その歴史の可笑しさ、悲しさ、等々と著者の筆は決してヒステリックにならず、落ち着いて論を進める。その間、常に庶民の観方に立って。 NHKで放映され単行本化された「マネー革命」を好意的に取り上げているのが興味深い。
何がいったいどうなったのだろう。 嘘を嘘で塗り固めたようなことが、本当に放置されていたのだろうか。 10年前に、警鐘を鳴らす本が出ていて欲しかった。 事後処理は無益ではないが、事前予防が大事のはず。 リスク管理といいながら、リスクだだもれだったのだから。 本書は、現状を認識する上で必要となる、情報を整理してくださっています。