とても良い / 口コミ件数 : 98件
価格 : 735 円
自由の国アメリカでは、貧困、犯罪の自由もあるのかもしれない。 本書は、その一部をreportage(ルポ;報道)するものです。 問題は、そこに住んでいる人の目で見るのと、外の目で見るのとでは大違いかもしれないという可能性です。 光りだけを照らす普段のマスメディアの報道だけに頼ってもいけないし、 影を照らす本書のような内容に頼ってもいけないかもしれない。 自分がアメリカと仕事をしたり、行ったりする場合には、現実のアメリカに現地で現物を持って考えないといけないかもしれない。 ゼロックスの研究所のあるパロアルトへ行こうと思ったら、パロアルトは貧困区域と上流社会とが隣り合わせになっていて、貧困の差が激しいので気をつけるように言われたことがあります。しかし、貧困地区と呼ばれるところへは行かなかったので実態は分かりません。 貧困の実態は、勇気ある報道者の報告を出発点とするしかないかもしれません。
著者の前著『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』といささかカブル部分もあるが、ハリウッド映画でなく、現実の庶民の暮らしぶりを知るのに優れたルポ。 携帯電話を使った情報の一元化とその把握など日本国家による監視については、斎藤貴男が詳しく、日本でも進められていく有様を報告しており、併読をお勧めする。 また、メディアによる報道管理、各種民営化によるサービス切り下げ・切捨てなどについても、日本に無関係とは言えまい。 中南米・自国で進められてきたアメリカングローバリズムの、次の実験地は日本であり、既に軍産複合体になってしまっていることも確かで、予備自衛官・企業などによる自衛隊体験研修なども幅を広げて行われており、いつ貧困による自発的徴兵制度が施行されてもおかしくないが、この状況をどれほどの人が気付いているだろうか? 戦争反対の理念も食えていればこそで、行く末が今よりも更に悪化することを隠されて、今の食料を差し出された時、それを拒否できる人は多くないだろう。 戦争を続けねば維持できないアメリカという国の下請けとして、日本は進むのか? 親米・愛国を掲げる先導者に、騙されていてはいけない。
以前からアメリカ人には肥満が多いというイメージがあったが、 その原因が貧困であることが衝撃であった。 肥満=ジャンクフードの食べすぎと考えていたが、 実は、貧困故にジャンクフードしか食べれない環境にあるようである。 読み進めていくと、医療、戦争等について書かれているが、 その原因が資本主義を追求た結果にであるので驚愕する。
衝撃的な作品でした。 このままだと、アメリカと言う国が潰れてしまうのではないか、そして、それに追随する日本も壊滅的な打撃を受けるのではないかと言う、大きな危惧を抱く結果となりました。 「教育」「医療」「災害対策・救助」そして「軍隊」と、すべての分野で「民営化」を進めたアメリカ。 その結果は、どう贔屓目に見ても失敗だろう。それどころか、今後に大きな悔いを残す悲惨な状況に突入しようとしているように思えてしまいます。 “アメリカン・ドリーム”と言う言葉は、もう死語になってしまうのでしょうか? 怖いのは、これがアメリカ一国の話で済まず、グローバル化された市場の中で、世界中に「輸出」されることです。 その筆頭が残念ながら日本です。 アメリカにならって民営化を進めてきた日本が、この先アメリカに習って、政府の主要業務である「教育」「いのち」「暮らし」への責任をも放棄し「民営化」を進めれば、アメリカと同様格差と貧困の問題が発生してしまうでしょう。 このレポートで鳴らされている警鐘に耳を傾け、このあたりで日本の独自路線に切り替えることが是非必要であると、思い知らされた素晴らしい作品です。
この本を読んで、かなりの衝撃を受けました。ここに書かれていることが決して情報として届いていなかったわけではないのですが、これほどまでとは思っていませんでした。よく見ないと見えないようになってしまっていることをよく伝えてくれていると思います。ベトナム戦争を終わらせたアメリカ・ジャーナリズムも資本主義の暴走の前に真実を伝えきれていないということを認識しておかなければなりません。世界経済を巻き込んだ「サブプライムローン」問題がようやく実感を伴って捉えられることができるようになりました。イラク戦争もサブプライムローンも実は同じ性質の問題であったこと。そして官から民へ、自己責任、自由競争という美名において行われる、効率至上主義の構造改革がもたらす格差社会の行く先に待ち受けているもの。日本は構造改革が政情不安定によりぐじゃぐじゃになってしまった感じを受けますが、これは結果的にスピードを落とせたことで良かったのかもしれないと思いました。アメリカに追随していたら、ここに書かれている程度のことは日本にもおきていたでしょう。その兆候は現れているわけですから。国家が国民を幸福にするために存在する、という世界を改めて問い直す必要があるでしょう。