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資本主義はどこから来たのか?資本主義とは何ものか?資本主義はどこへ行くのか? |
唐突な例をあげて恐縮ですが、現在映画・映像関係の仕事をしている私には、以前から不思議に思っていることがありました。 日本を始めとするアジア映画、そしてヨーロッパの中でもフランスやイタリア映画には豊かな叙情性、感覚的な(繊細でむしろ女性的−と言ってもいい)表現を盛り込んだ作品が少なくないのに比べて、イギリスや特にアメリカ映画では、情や感覚などよりも、ストーリー展開の速さやプロットの精巧さを追及した作品が多いと思います。 さらにセックス描写に至っては、英語圏の映画は軒並み(デビッド・リーンという例外はあるにせよ)“官能性”などほとんど皆無です。 何故なのか−その答えは、なんとこの本に書いてあります。 お読みになった方には納得いただけるのではないでしょうか?
他の方のレビューには、このヴェーバーの学説はすでに覆された−という一文も見られ、門外漢の私には本当にそうなのかどうか分かりませんが、一応ヴェーバーが正しいと仮定してこれを書きます。 日本はもともとこういったプロテスタンティズム倫理観とは異質の伝統主義的経済活動圏に属していたわけですが、すでにこの資本主義精神の優等生的国家になってしまっています。 おそらく明治以降の西欧化と、戦後の復興という急務が、もう目の色を変えて仕事に従事する初期のプロテスタンティズム天職観と不思議にマッチしていたからなのでしょうが、すでに神に奉仕するための労働精神が本家本元のイギリス・アメリカでも薄れてきている今、日本人はここでどうするべきなのでしょうか? いわゆるグローバル経済の中に否応なしに巻き込まれていくであろう、これからの我々の行く末を考えるにつけても、出発点として必読の本だと思います。 |
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