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19世紀の英国の産業革命による帝国主義時代を背景にしたこのパンフレットが時代遅れであることは言うまでもない。しかし下部構造たる生産様式が、上部構造たる社会生活様式を決定し、生産様式が変化すれば社会も変化せざるを得ないとする歴史認識(史的唯物論)まで誤りだろうか。経済学者は常にその時代に直面する問題に取り組むが、マルクスも同様だった。今日は高度情報社会という生産様式の時代であり、リストラクチャリングやアウトソーシングといった新しい生産・雇用関係が発生しそれに応じて社会構造は劇的に変化している。史的唯物論は健在である。この時代にマルクスが生まれれば、この状況を直視して立ち向かうに違いない。資本家と労働者の階級闘争と図式された19世紀よりも、21世紀はより複雑で深刻な経済問題を抱えていると考えるべきであろう。今、この「時代遅れのパンフレット」に学ぶものは「現実の問題に対する危機感と解決へ努力する」姿勢かもしれない。
註は同じような文章が各国語版いくつか並んでおり、また、序文も同じようなものなのだが各国語版、いくつか書かれている。このようなことから考えると、どちらかと言えば歴史書として読まれることを想定したものと思われる。内容について言えば、まず現代から見て時代遅れであることは間違いない。産業革命時代のブルジョアと労働者なのだから当然である。だが、人間がまるで機械のようになっていき、人間関係までもが希薄となっていく様子を危惧していることについては現代に生きる我々もよく考える必要があるのではないだろうか。その点ではマルクスの主張する共産主義というのはその時代の人々が必要としていたのではないか、と思えるところがある。共産主義と言うと危険な先入観を持った人も多いのではないだろうか。実際に私もそうだったがこの本を読んで、決して一部の変わり者が唱える理屈ではないことが分かった。是非一度は読んでみることをお薦めする。
「共産」「Communism」という言葉に対する、世界的なアレルギーというものはすごい。 冷戦崩壊後、一気に資本主義化が進み、壮大な社会実験は完膚なきまでに終わったかに見える。 そしてマルクスは、時代遅れの産物として、社会的に葬られてしまっている。 しかし、今いろいろなことを言っている教授陣、それこそマルクスの影響を受けていない人間はいない。 その思想を読み解くために、マルクスの考えに戻ることは、決して時代遅れの作業ではない。 むしろ、形を変え品を変え、マルクスの思想は根っこで生きている部分が多い。 でなければ、なぜ今のこの時期に「蟹工船」が売れるのだろうか? たとえば、資本主義による階層間の不平等の広がり(今の日本なら格差といった方が通じやすい)、流通によるグローバリゼーションなど、現状にも続く世界の流れを見ている。 彼の言っていることは的外れではなく、どちらかといえば人間に期待を寄せすぎたのが、彼の過ちだったのだと思う。 「資本論」はぶ厚いが、この本はとても短くてすぐ読める。 一度は世界を風靡したベストセラーに触れておくのも悪くはない。
何をさておき、この本は、余剰価値、搾取といった、サラリーマン、非正規労働者その他労働を提供して賃金を受け取る者が、何かおかしくないか、と思ったときに説明してくれる視点、スケールを提供すると言う意味で衝撃的な本だと思う。人は困ったとき、あれこれ悩むが、悩みを適切に整理する概念を持つと、単なる悩みではなくなる。最低限、自己武装が可能になる。いかなる考えの者でもよほど地頭が良い者は別として、衝撃を受けると思う。彼らが提供した諸概念は未だ有効であり、それを敢えて知らにふりをして生きている者は、傲岸不遜な資本家であろうし、知らずに何かおかしいな、と感じたら、凡百の本よりこの本が助けになってくれると思う。本である以上、現実を解決してくれるのではない。読了後のことや行動は、私たちに委ねられている。自分がどのような立ち位置にいるのか、常に思わされる本である。
昨今、『オーラ』だとか、『精神世界』だとかが、巷で流行っているようだ。自分の知り合いでも凝っている人がいる。そうしたものは、少し前なら『教養人』を自称する人間なら、馬鹿くさい物とされたものだ。そんな、馬鹿くさいとされた(個人的には今でも阿呆臭いと思うが・・)ものを信じる人ですら『共産主義』は、馬鹿くさいという。 「だって、共産国家ってほとんど崩壊したじゃん。あれって、おかしくない?」 ・・・もっとも、自称『教養人』も『共産主義』を終わった思想と考える人が多いだろうが・・・ しかし、本当にそうなのか?終わった思想であるならば、なぜ失敗したのか?考察が必要ではないのか?ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つという、我々は、その渦中にいるときは自分が置かれた状況を冷静に判断できないのではないか?そうした意味では、今こそ読み頃ではないと思う。『共産主義』なんて馬鹿げた思想に洗脳された昔の人はバカだったのではないか?と思うのは簡単だが、いわゆる思考停止状態ではないか?思うに我々を取り巻く『グローバルスタンダード』なる概念も後世の人々から馬鹿げた思想といわれない保証は全くないのだ。途上国の人間に半ば奴隷のような労働で安い製品を作らせ、先進国の人間が格安の商品を手にできる・・・しかしながら、先進国の労働者は、その為に職を失う・・・『グローバルスタンダード』によって先進国に住む我々は、利益を得ているが、大変な損害も受けている。『ワーキングプア』、『ネットカフェ難民』が話題になる昨今の状況をどう考えるば良いのか。人間はそんな簡単に洗脳されるものではあるまい。過去に『共産主義』が人々の心に響いたのなら、その時代には説得力があったはずなのだ。 もっとも、思想そのものに共鳴するかは、その人次第だろう。問題なのは、自分が気に入らない『思想」ということで黙殺しることではないだろうか・・・バカな思想だと思うなら、なおさら、とりあえず読むべし・・・個人的には、この本の趣旨を全面肯定する訳にはいかないものの、エンゲルスのが指摘する社会ステムの問題は未だ解決されていないと感じた。というより、本質的には何も変わっていない。むしろ、世界がこの時代に比べてよりグローバルに、緊密につながった分に問題がややこしくなった事に加えて、希望であったはずの『共産主義』(人権思想も根っこは共産主義にと同じ、理性によって人間は開放できるって事)の失敗を知ってしまった為に我々は何を未来に託せば良いのか分からなくなってきている気がする。『福祉』だとか『弱者救済』を連呼する政治家や活動家をどこか胡散臭く見ているのは私だけではあるまい。 今でも『ハンドラの箱』の中に『希望』は残っているのだろうか・・・・