良い / 口コミ件数 : 9件
価格 : 504 円
日本の小中学生の基礎学力低下の実態を、1989年と2001年に実施した学力テストと家庭環境についての調査により分析している。それによると、小中学校とも明らかに「基礎学力が低下している」。さらに、例えば小学校の算数では、少数の計算、分数の概念に関する学力の低下が大きいという分析がされており、問題点を具体化させており、とても興味深い。
これらの結果は、1989年の学習指導要領の改定「新しい学力観」は、教育における公立学校の大きな役割の一つである「学力の下支え」において、明らかに失敗したことを示している。
「新しい学力観」で提唱されている学力(能力)の重要性を否定するつもりは全く無いが、この学力を有効に活用するためには、当然「基礎学力」がベースになると思う。本書の調査でも、小学校での授業が、先生が板書したり、ドリルをやらせる「伝統的な授業」を経験している方が、中学校時の学力が高いという結果が得られている。
スポーツや音楽などで、基本動作が身に付くまで反復練習をやったり、身に付けた技を有効に活用するために、筋肉トレーニングなどを行う事は常識である。これは、学力においても同じ関係であると思う。計算ドリルや漢字ドリルなどはトレーニングである。このトレーニングが1989年の学習指導要領下では軽視されてきたように思う。
また、文科省などの「公」が存在を認めたがらない、家庭の文化的環境の「階層差」が子供の学力に影響を与えている現実を初めて明らかにしており、興味深い。カエルの子はカエル、という諺が指しているものは、家庭の文化的環境の階層差が学力に及ぼす影響のことかも知れない、と思った。
今となっては一段落ついた感がある「学力低下」論。本書は、当時激しく論じられていた「日本の子供の学力はゆとり学習のせいで落ちている」という仮説を、実地にサンプルを採って学力試験を行い検証し、その結果を評価したものです。
当時の議論は、「東大京大」だの「一流私大」だの「中高生」だの、いくつかあるサンプルをかき混ぜて、とにかく学力低下しているのだからなんとかしなきゃ、ゆとり教育のせいだからやめちまえ、というような極めて短絡的でアジテーション的なものに思えましたが(いわゆる「仕掛人」の立場からすれば、世の興味を引くためには仕方ない手法なのかもしれませんが…)本書の立場はもう少し冷静で「じゃ、誰のどの学力が、どのような授業により上がってるの?下がってるの?」ということを検証しています。その冷静さは、あの華やかな議論から1年有余を経て、その価値を増していると思います。
本書の主著者は「教育における階層差」を一つのテーマに研究を進めている人です。そうした視点から本書が学力低下を検証するとき、ゆとり教育で欠けた部分を塾で補うという傾向が階層差を広げる可能性があることを明らかにしています。その中で公教育はどのような役割を果たすべきか、果たせるのか、実例を踏まえて論じる本書は、冊子は薄いけれど中身の濃い分析を行っている良書であると思います。無論、著者たちの視点が絶対だというつもりは全くないですが、少なくともなんでもかき混ぜて学力低下というナイーブな論から、より分析的に「ではどこにどのような問題があるのか」と進めていかないと、「では何をすべきか」という答えは出てこないと思います。
特に2年前に学力低下学力低下と大騒ぎして、今になったらもう忘れている憂国のオジサンたち(笑)にはとてもお勧めの本です。問題はたぶん、あなた方が思っているところとは別のところにあったのかもしれませんよ。
ブックレットといっても、とっつき安いわけではない。だが僕の場合、読み進めるに従って、面白くなってきた。現状分析と方策の2部よりなる本書は、前半で基礎学力低下の実態と、社会階層によって低下の仕方が異なることを明らかにする。後半は、著者の主張の非凡なところがよく現れている。多くの研究者が「生徒を利用してはならない」などの結論に逃げるのに対して、著者は、実際にどのような学校で学力が維持されているのか、を調査から導き出すことで現状打開の可能性を極めて具体的に指し示す。著者の本は4冊読んだが、ようやくその重要性が分かってきた。
教育政策とその結果について関心のある人なら、前半部分の調査は興味をもって見れると思います。実感として子供の学力が下がっていることはわかっている、と感じている人であれば、後段にでてくる「経済格差による影響を超えて、学力を高めている学校(先生)の取り組みの紹介」が役に立つと思います。
お手ごろ価格ですので、買っておいて損はないと思います
このブックレットを読んで、著者の皆さんに感謝したい気持ちになった。同時に、「日本の教育」はどこへ向かうのか、非常に心配になった。ここまで教育改革の失敗が実証されても、文科省はなおも理想主義の道を歩み続けるのだろうか。そんな心配とともに、本書がきっかけとなって文科省が変わってくれることを望む。